山県市: 歴史
=== 先史 ===
「ヤマガタ」の名は奈良時代以前に既に存在していたことが、現存する日本最古の戸籍の一つである大宝2年(702年)の「御野国山方郡三井田里戸籍」(正倉院文書)より分かっている。
律令制において御野国(みののくに)は現在の岐阜県美濃地方を中心とする地域、山方郡(やまかたのこおり)とは現在の山県市の一帯を指していた。
平安時代中期から室町時代中期まで、美濃源氏の一派として山県郡から発祥した美濃山県氏が存続した。
この一族は清和源氏多田頼綱の三男、源国直がこの地を地盤として山県氏を号したことに始まる。
美濃山県氏は甲斐山県氏、安芸山県氏それぞれの源氏系の山県氏の祖となった。
後にこれらの庶流から出た甲斐武田家の譜代家老の山県昌景(甲斐源氏)、山縣有朋(安芸源氏)等が名乗った山県の名称の苗字(山縣姓)は、当地の地名が由来となっている。尚、山県氏の発祥と同時期に土岐郡においては同じ摂津源氏から源国直の叔父である源国房が土岐氏を興した。
山県氏や土岐氏の主な家紋である桔梗紋は、山県市の市花の桔梗であり、両氏族の山県郡との繋がりを物語っている。
また同地名の山県郡 (広島県)は、同地に流罪にされた源国直がそのまま山県姓を名乗ったことを発祥とする地名である。
2003年(平成15年)4月1日 - 岐阜県山県郡の高富町、伊自良村、美山町が合併し、人口3万1千人の市として発足した。この合併で山県郡の名は消えたが、郡域はそのまま山県市として継承された。市役所は、旧高富町役場に置かれた。美山、伊自良の町村役場は、市役所の支所として引き続き運営されている(その後、伊自良支所は伊自良コミュニティセンター内に移転。美山支所はいわ桜コミュニティセンターに移転。)
== 行政 ==
歴代市長
市役所本庁舎
美山支所
伊自良支所
出来事・事件等
2003年の初代市長選挙には立候補者が一人のみで、4月20日に平野元(前高富町長)の無投票当選が決まった。次の市長選も平野元(現職)の無投票当選が決まった。市議会の議員定数は22人だが、2004年4月まで旧町村の議員(定数42)が引き続き議員を務めた。
2004年の山県市議会議員選挙において、山県市議ら数名が、条例で公費負担が認められていないはがき代や定められた枚数を超えるポスター代を市に請求していたことが2007年に発覚した。市議とその関係者ら計12名が詐欺容疑で書類送検されたが、不起訴処分となっている。ポスター代を水増しした市議のうち5名は辞職した(1名の市議と1名の県議は辞職しなかった)。この事件をきっかけに、他自治体でも同様の事件が発覚することになった。