加茂市: 歴史
=== 沿革 ===
726年 - 青海神社が創建される。
794年 - 京都の賀茂神社の社領となる。このことから「加茂」と呼ばれるようになる。
1355年4月2日 - 中条茂資等の北朝方と、南朝方の河内氏等が陣峰にて戦う。
1545年4月24日 - 勅使として越後に派遣された勧脩寺大納言尚顕が青海神社に参向。
1570年 - 上杉氏家臣の早部甚甫守により要害城が築かれる。
1598年 - 上杉景勝の会津移封に伴い新発田藩の領地となる。新田開発が進む。
1658年 - 浅野三郎右衛門による加茂山の植林事業が始まる。1689年まで続いた。
1660年 - 浅野三郎右衛門が町割りを整備し六斎市を始める。
1695年 - 溝口重雄が矢立御神事場を献納し、舟行神事を中止する。加茂まつりが現在の形になる。
1828年11月12日 - 三条地震発生。地震の翌年、加茂矢立新田の斎藤真幸により著された『瞽女口説』が各地に広まる。
1868年5月22日 - 戊辰戦争に際し市川邸にて加茂軍議が行われる。
1873年 - 第2中学区私立第21番小学加茂校(現在の加茂市立加茂小学校)が開校する。
1878年9月21日 - 明治天皇が北陸巡幸に際し市川邸にて御昼餐を召される。
1889年4月1日 - 町村制施行によって南蒲原郡加茂町発足。
1897年11月20日 - 北越鉄道・沼垂 - 一ノ木戸間開通。加茂駅開設。
1901年11月1日 - 南蒲原郡加茂町と加新村、狭口村が合併し加茂町が存続。
1903年5月11日 - 新潟県立農林学校が開校する。
1906年 - 加茂町立図書館が開館する。
1923年4月17日 - 加茂町立加茂実科高等女学校が開校する。
1930年10月20日 - 蒲原鉄道線全線開通。加茂駅乗り入れ。
1954年3月10日 - 加茂町が南蒲原郡下条村を編入し、市制施行し加茂市となる。
1954年11月3日 - 中蒲原郡七谷村を編入。
1955年11月1日 - 中蒲原郡須田村を編入。
1961年9月16日 - 第二室戸台風により加茂山の大杉約200本が倒れる。勅使手植の欅や媼杉(ばばすぎ)もこの時に倒れる。
1969年8月11日 - 加茂川水害(昭和44年8月豪雨)発生。これを機に14年もの歳月をかけ加茂川の川幅拡張、橋の架け替えなどが行われた。
1974年8月20日 - 加茂市立民俗資料館が開館。
1985年3月31日 - 蒲原鉄道線・加茂 - 村松間廃線。