男鹿市: 歴史
1954年(昭和29年)3月31日 - 南秋田郡船川港町、五里合村、男鹿中村、戸賀村、脇本村が合併して、旧男鹿市が誕生する。
1955年(昭和30年)3月1日 - 南秋田郡北浦町、船越町を編入。
1961年(昭和36年)10月 - 第16回国民体育大会柔道競技が厚生年金保険体育館で開催。昭和天皇、香淳皇后が行幸啓。
1981年(昭和56年)8月5日 - 男鹿脇本事件が発生する。
2005年(平成17年)3月22日 - 若美町が合併して、新制の男鹿市が発足する。
2007年(平成19年)9月
全国で過去の社会保険事務所での国民年金着服・横領問題を調査した結果、男鹿市は秋田県内全市町村で窓口職員における横領・着服の公務員の不祥事の件数が最も多かった。市区町村職員による国民年金保険料の横領問題で、秋田県男鹿市は10月5日、時効が成立していない事案1件について、刑事告発しないと発表した。理由は全額弁済されているほか、着服したのは当時の嘱託職員で、退職して社会的制裁を受けていることなどを理由としている。男鹿市福祉部によると、国民年金課の収納指導員だった当時40歳代の女性職員が、1998年(平成10年)4月から2001年(平成13年)12月にかけて計21回にわたり、預かった保険料計194万1800円を着服した。
2017年(平成29年)11月26日 - 男鹿市北部の野石地区宮沢海岸に不審船が漂着した。
(ちなみに、宮沢海水浴場に設置の男鹿市ライブカメラ によって(11月26日7時00分~16時00分)不審船漂着の様子が自動撮影、画像ファイル記録された。また、秋田海上保安部(第二管区海上保安本部)は、2017年11月24日 17:24発表の【緊急情報】転覆船漂流(秋田入道埼沖)にて、「11月23日16時58分現在、秋田県入道埼灯台から南東方約2km(北緯39度59分48秒 東経139度43分24秒)で長さ約5メートルの無人の転覆船が漂流しています。付近航行船舶は注意してください。」との注意喚起を行っていた。)