紋別市: 歴史
=== 沿革 ===
縄文時代より栄える。
松前藩のオホーツク海沿岸の寄港地となる。
1855年(安政2年) - 蝦夷地が江戸幕府の直轄管理下に入り、秋田藩が紋別を含む西蝦夷地の警備担当となる。
1859年(安政6年) - 久保田藩に代わり会津藩が、紋別を含む西蝦夷地オホーツク海沿岸地域の警備担当となり、モンベツ出張陣屋が設置される。会津藩の役人が赴任し、幕府の役人も派遣される。
1880年(明治13年) - 紋別村外9か村戸長役場が設置される。(この年を紋別市の「開基の年」とする。)
1897年(明治30年) - 紋別村外9か村戸長役場から湧別村戸長役場(現湧別町)が分離する。
1900年(明治33年) - 渚滑村が渚滑村戸長役場を設置し、分離・独立する。
1906年(明治39年) - 渚滑村が2級町村制を施行する。
1909年(明治42年) - 藻鼈村(もべつ)と紋別村が合併し、2級町村制を施行し、紋別村となる。このときに沙留村と瑠椽村を分離する。
1918年(大正7年) - 渚滑村から滝上村(現滝上町)が分離する。
1919年(大正8年) - 紋別村が町制施行を行い、紋別町となる。
1921年(大正10年) - 紋別町が一級町村制を施行する。
1932年(昭和7年) - 渚滑村から下渚滑村が分離する。
1937年(昭和12年) - 渚滑村が村名を上渚滑村に改称する。
1940年(昭和15年) - 下渚滑村が村名を渚滑村に改称する。
1954年(昭和29年)7月1日 - 紋別町・渚滑村・上渚滑村の1町2村が合併し、市制施行を行い、紋別市となる。
1966年(昭和41年) - 紋別空港完成
1978年(昭和53年)4月22日 - 道都大学開学(同年1月31日文部省の開学許可を受ける)
1996年(平成8年)2月12日 - 氷海展望塔オホーツクタワーの開設。
1999年(平成11年)10月10日 - 紋別空港、新空港に移管のため廃止。
1999年(平成11年)11月11日 - オホーツク紋別空港開港。
2000年(平成12年)7月1日 - オホーツク紋別空港に東京直行便就航。
2005年(平成17年) - 道都大学が北広島市へ移転。紋別キャンパスは閉鎖となる。