美唄市: 歴史
=== 沿革 ===
1873年(明治6年)- 榎本武揚が空知川流域を踏査。
1886年(明治19年)- 富山県出身の福島磯次郎が市来知村(現・三笠市)から美唄川南岸に移住、渡し守を開業し最初の移住者となる。
1894年(明治27年)- 中村豊次郎をリーダーとする三重県などからの移民団が美唄市北西部に移住し、中村地区を形成する。
1937年(昭和12年)5月1日 - 晩生内通りの養豚業者から出火。折からの南西の風にあおられて市街地に延焼。372戸が焼失、損害額180万円、罹災者1,900名。
1941年(昭和16年)3月18日 - 三菱美唄炭鉱でガス爆発事故。入坑者374人のうち死者・行方不明者177人。
1954年(昭和29年)8月11日 - 昭和天皇、香淳皇后のお召し列車が美唄駅に停車。駅前奉迎が行われた。
1961年(昭和36年)6月29日 - 三菱美唄炭鉱常盤新坑内でガス爆発事故。一時、入坑者40人が取り残された。8人が死亡、11人が重軽傷。
1972年(昭和47年) - 三菱美唄炭鉱閉山。美唄市営バス運行開始。
1973年(昭和48年) - 三井美唄炭鉱・北菱我路炭鉱閉山。
1982年(昭和57年)- 美唄ダム完成。
1992年(平成4年)7月10日 - アルテピアッツァ美唄開館。
1997年(平成9年)10月10日 - 中空知地区農道離着陸場(農道空港)開港。
1906年(明治39年)4月1日 - 北海道一・二級町村制施行により、二級町村として空知郡沼貝村(ぬまかいむら)が成立。
1909年(明治42年)4月1日 - 一級町村に移行。
1925年(大正14年)6月11日 - 町制施行により沼貝町となる。
1926年(大正15年)6月11日 - 美唄町に改称。
1946年(昭和21年)9月1日 - 茶志内地区の一部を奈井江村に編入。
1950年(昭和25年)4月1日 - 市制施行により美唄市となる(北海道で15番目の市制施行)。
1951年(昭和26年)1月1日 - 3地区を以下の町名に再編。
美唄地区 → 進徳、一心、共練、沼の内、癸巳、盤の沢町、落合町、東明町、有為(うい)、我路町、東美唄町、南美唄町、西1条~西2条南北、東1条~東5条南北、東6条南、東7条南
光珠内地区 → 峰延町、光珠内町、西美唄
茶志内地区 → 茶志内町、中村町、開発、上美唄、西美唄元村
1968年(昭和43年)- 8町を廃止し、以下の町名に再編。
進徳、一心、共練、沼の内、癸巳、西美唄、開発、上美唄 → 東6条北、東7条北、西3条~西4条南北、進徳町、一心町、共練町、沼の内町、癸巳町、西美唄町、開発町、上美唄町、北美唄町、日東町、豊葦町
美唄市域はかつて沼貝村・市来知村の2村があったものの1906年に沼貝村として発足した際に市来知村は大字とならず沼貝村の一部として消滅した。その後長らくは改正を行っていなかったが1988年から1991年にかけて市街地にて字名改正を実施した。これにより市街地には町名が設けられたものの字の廃止はなく、今も全ての字が存続している。改正内容および現行の字は以下のとおりである。