庄内町: 歴史
=== 町名の選定 ===
新町名は公募で決められた。余目町・立川町の全世帯に応募用紙が配られ、2004年1月26日締切で回答された。
最終候補には、下記の3案が選ばれた。
天の川町(あまのがわまち)
余目の「あま」と、立川の「川」、庄内平野の「野(の)」を使った。余目町と立川町を繋ぐことを、彦星と織姫の出会いに例えた。
庄内町(しょうないまち)
「庄内」の知名度・ブランド力が高く、読み方も分かりやすい。庄内地方全域が合併したときに「庄内市」が誕生し、その先駆けになることの願いを込めた。
庄内中央町(しょうないちゅうおうまち)
庄内地方・庄内平野の中央に位置することや、庄内地方の中心的な役割を担えるよう願いを込めた。しかし、名称が長いとの批判があった。
2004年4月30日に、合併協議会の委員17人で投票が実施され、「庄内町」の名称が14票を獲得し、町名が決定された。
1894年(明治27年)10月22日:庄内地震により59人死亡。
1914年(大正3年)6月14日:酒田線の古口 - 清川間の開通に伴い、清川駅を新設。庄内地方で初めての駅開業となる。同年9月20日に余目駅まで延伸する。
1971年(昭和46年)7月:狩川で総雨量288ミリメートルを記録する集中豪雨発生。山崩れ、冠水・浸水被害、ガス管破損発生。
2005年(平成17年)
7月1日:東田川郡余目町と立川町の新設合併により、庄内町が発足。
12月25日:いなほ14号脱線転覆事故が発生。
2006年(平成18年)2月12日:平成18年豪雪により、狩川で観測史上最大となる162センチメートルの積雪を記録。
2024年(令和6年)7月25日:庄内町に大雨特別警報が発令。北楯大堰が堰き止められたほか、肝煎で町道が2件落橋する。