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軽井沢町: 歴史

軽井沢町: 歴史

縄文時代中期から後期 - 当町の南部に、北方文化形式の最南端の遺跡が所在。
鎌倉時代(1250年頃) - 長倉牧が置かれる。
1596年-1615年(慶長年間) - 中山道が整備され、これ以降、浅間三宿(軽井沢宿・沓掛宿・追分宿)が繁栄する。
江戸時代 - 小諸藩領となる。
1622年(元和8年) - 徳川忠長領となる。
1624年(寛永元年) - 小諸藩領へ戻る。
1662年(寛文2年) - 甲府藩領となる。
1682年(天和2年) - 坂木藩領となる。
1688年-1704年(元禄年間) - 幕府領となる。
1783年8月5日(天明3年7月8日) - 浅間山が天明の大噴火を起こす。
1884年5月 - 碓氷新道が竣工。
1885年 - 横川-軽井沢間に馬車が通る。
1886年 - カナダ人の宣教師アレクサンダー・クロフト・ショーと東京帝国大学英文科講師ジェームズ・メイン・ディクソンが軽井沢を避暑地として紹介。
1888年9月5日 - 横川駅 - 軽井沢駅間で碓氷馬車鉄道が営業開始。
1888年12月1日 - 直江津駅 - 軽井沢駅間の官設鉄道(後の信越本線→しなの鉄道線)の駅として、軽井沢駅開設。
1893年4月1日 - 官設鉄道 横川駅 - 軽井沢駅間(碓氷峠区間)、アプト式ラックレールを採用し開業。これに伴い、碓氷馬車鉄道は廃線。
1893年 - 八田裕二郎が日本人として初めて別荘を建てる。
1894年 - 亀屋ホテル(後の万平ホテル)創業。
1906年 - 三笠ホテルが開業。
1909年 - 国有鉄道線路名称制定に伴い、高崎駅 - 新潟駅間を信越線(しんえつせん)と命名。
1912年 - 信越線 横川駅 - 軽井沢駅間が電化。
1912年 - 半田善四郎が土地分譲・別荘分譲を始める。
1914年 - 信越線 高崎駅-新潟駅間が信越本線に改称。
1916年 - 野澤源次郎が土地分譲・別荘分譲を始め、島田三郎らにより軽井沢避暑団が設立される。
1918年 - 堤康次郎が沓掛区有林を買収し、千ヶ滝一帯に別荘地を形成。
1920年 - 堤康次郎が鬼押出しを買収する。
1920年 - 堤康次郎が大字発地の原野を買収、南軽井沢と名付け一帯に別荘地・競馬場・飛行場を形成。
1923年 - 東長倉村が町制施行・改称して軽井沢町となる。
1926年 - 草軽電気鉄道の延伸が終了し、軽井沢から草津温泉まで列車に乗って向かうことができるようになる。
1941年ころ - 外国人の強制疎開、各国大使館・民間人・学童疎開などで人口が急増。
1945年 - ホテルやゴルフ場が米軍へ接収される。
1947年 - 満州からの大日向開拓団が借宿の国有林に入植。避暑客のための臨時列車が運行開始。
1947年 - 昭和天皇が千ヶ滝開拓地大日向地区、町立軽井沢東小学校に行幸(昭和天皇の戦後巡幸)。
1951年 - 国際親善文化観光都市指定。
1956年 - 軽井沢スケートセンター営業開始。
1963年 - 世界オールラウンドスピードスケート選手権大会開催。
1964年 - 東京オリンピック開催(総合馬術)。
1962年 - 国土計画が南軽井沢に「レイクニュータウン」の造成を開始。
1970年3月18日 - 軽井沢駅前で火災が発生。商店、住宅などの密集地に加え水の便が悪かったため28戸が全焼。
1971年11月11日 - 碓氷バイパス開通。
1972年2月19日 - 28日 - あさま山荘事件。
1973年8月1日 - 町民憲章制定
1974年 - 「レイクニュータウン」に三越百貨店ファッション館「三越シュベルニー城」が開業。
1981年4月1日 - 防災行政無線運用開始。
1993年3月27日 - 上信越自動車道藤岡IC-佐久IC間開通。碓氷軽井沢IC(群馬県碓氷郡松井田町(現・安中市)内)開設。
1995年7月22日 - 西武プロパティーズ(2009年7月1日まで西武商事株式会社)が軽井沢駅南口前にアウトレットモール「軽井沢・プリンスショッピングプラザ」を開業。
1997年10月1日 - 北陸新幹線高崎駅 - 長野駅間開業。これに伴い、信越本線の横川駅 - 軽井沢駅間は廃止され、ジェイアールバス関東碓氷線に転換。軽井沢駅 - 篠ノ井駅間はしなの鉄道に移管し、しなの鉄道線に改称。
1998年 - 長野オリンピック開催(カーリング)。
2001年9月 - 三越ファッション館「三越シュベルニー城」が閉館。
2002年11月1日 - 青少年委員会などにより、防災行政無線放送等変更。
2009年7月11日 - 星野リゾートが中軽井沢・星野地区に「ハルニレテラス」を開業。
2015年4月1日 - 防災行政無線放送等変更。

1889年(明治22年)4月1日 - 町村制の施行により、軽井沢村・峠町および長倉村の一部(沓掛・塩沢新田・借宿)の区域をもって東長倉村が発足。
1923年(大正12年)8月1日 - 東長倉村が町制施行・改称して軽井沢町となる。村制時の3大字を継承。
1942年(昭和17年)5月8日 - 西長倉村を編入。同村大字長倉を当町大字長倉に編入。他に2大字を加えて5大字となる。
1957年(昭和32年)2月1日 - 御代田町の一部(茂沢の一部)を編入。大字茂沢が起立して6大字となる。
1959年(昭和34年)4月1日 - 追分の一部(西鰍沢)が御代田町に編入。
1960年(昭和35年)3月 - 沓掛区を「中軽井沢」に改称。大字長倉の一部より中軽井沢地区が起立。
1971年 - 区画整理事業により、大字軽井沢の一部より軽井沢地区が起立。
1973年 - 区画整理事業により、大字軽井沢の一部より軽井沢東地区が起立し、6大字・3地区となる。

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Quelle: Text: Wikipedia – „軽井沢町“, Autorinnen und Autoren (Versionsgeschichte), CC BY-SA 4.0 · Foto: 妖精書士, CC BY-SA 3.0 – Wikimedia Commons