Heimatgeschichte · Mino ·

美濃市: 歴史

約1300年前、奈良時代にはこの地に和紙づくりの技法が伝わっていた。正倉院に残されている「日本最古の戸籍用紙」(「大宝2年(702年)の美濃国 戸籍用紙」が現存)に美濃和紙が使用されており、美濃和紙は紙質の良さや薄さから大般若写経紙としても重用されていた。この地では良質なコウゾ(和紙の原料)がとれ、清流(板取川や長良川)があったので和紙づくりに適していた。

1600年(慶長5年):関ヶ原の戦いの功により徳川家康からこの地を拝領した飛騨高山藩主金森長近は、上有知藩を立藩し、長良川畔に小倉山城を築城。1606年(慶長11年)頃に現在の町割りが完成した。また、長近は長良川に上有知湊(こうずちみなと)を開き、経済の発展を目指した。上有知藩第2代藩主の金森長光の夭折により1611年(慶長16年)に上有知藩は廃藩となり、その後の1615年(元和元年)に尾張藩領となるも、上有知湊は船運による物資集散の拠点として和紙を中心とした経済活動が進み、商業都市として繁栄していく。

1889年(明治22年)7月1日 - 町村制により上有知村が町制施行し、「上有知町」となる。
1911年(明治44年)4月1日 - 美濃和紙にちなんで「上有知町」から「美濃町」と改名。

1954年(昭和29年)4月1日 - 武儀郡美濃町、洲原村、下牧村、上牧村、大矢田村、藍見村、中有知村の1町6村が合併して美濃市が成立。
1957年(昭和32年)4月8日 - 昭和天皇、香淳皇后が市内に行幸啓。岐阜県製紙工業試験場を視察。
1973年(昭和48年)4月1日 - 公募により市の木・市の花を制定する。
1976年(昭和51年)5月4日 - 市民憲章を制定する。
1984年(昭和59年)5月8日 - 健康都市を宣言する。
1992年(平成4年)4月1日 - 防災行政無線運用開始。
1994年(平成6年)10月8日 - 第1回美濃和紙あかりアート展が開催される。
1995年(平成7年)8月16日 - 非核平和都市を宣言する。
2004年(平成16年)10月21日 - 平成16年台風第23号が発生し、当市では長良川鉄道が不通になった。
2012年(平成24年)3月5日 - 歴史的風致維持向上計画が認定される。
2012年(平成24年)9月29日 - 同年10月9日までぎふ清流国体が開催され、当市では10月7日に自転車競技のロードレースが開催される。
2014年(平成26年)1月26日 - 19年ぶりに美濃市長選が行われる。

=== 歴代市長 ===

von Fremdinhalte · Regionauts

Quelle: Text: Wikipedia – „美濃市“, Autorinnen und Autoren (Versionsgeschichte), CC BY-SA 4.0