みやこ町: 歴史
みやこ町は歴史的に重要な遺跡や遺物などが数多く発見されている。豊前国の国府跡や国分寺跡も豊津地区で発見されており、豊前国の中心地だったとされている。現在、国府跡地は豊前国府跡公園として整備されている。
1866年、長州藩の第二次長州征伐により攻撃を受けた小倉藩が小倉城に火を放ち、城から撤退。のち小倉藩は藩庁を現在の旧豊津町に新設した。豊津陣屋。1871年の廃藩置県で豊津県の県庁が置かれたが、同年内に小倉県に編入され、のちに小倉県が福岡県に編入されたため福岡県内に組み入れられた。
1876年に起こった秋月の乱において戦場となった。このとき戦死した士族の墓は現在、「秋月党戦士の墓」として残っている。
1889年4月1日 町村制施行に伴い、現在の町域にあたる以下の町村が発足。
京都郡諫山村・久保村・黒田村
仲津郡豊津村・祓郷村・節丸村・東犀川村・西犀川村・南犀川村
1896年4月1日 郡制施行に伴い、京都郡・仲津郡の区域をもって改めて京都郡が発足。
1905年2月1日 京都郡東犀川村・西犀川村・南犀川村が新設合併。犀川村となる。
1943年2月11日 犀川村が町制施行。犀川町となる。
1943年4月10日 豊津村・節丸村が新設合併し、新村制による豊津村が発足。
1955年3月1日
豊津村・祓郷村が新設合併し町制施行。豊津町が発足。祓郷村の一部の地区は行橋市に編入。
諫山村・久保村・黒田村が新設合併し町制施行。勝山町が発足。
1956年9月30日 京都郡城井村・伊良原村を犀川町に編入。
2006年3月20日 豊津町・犀川町・勝山町の3町が新設合併し、みやこ町が発足。町名は郡名に因む。
当初2003年から行橋市と築上郡椎田町・築城町(現在は築上町)を含む6市町で法定合併協議会を設けて協議してきたが、2003年11月、旧築城町の離脱で破談となり、旧椎田町・旧築城町を除く4市町で合併勉強会を発足させるが議員定数で意見が対立したため合併勉強会は解散した。その後、京都郡3町で合併協議会を設け、新役場の位置などで協議が紛糾した事もあったが、3町での合併に至った。
白石春夫(2006年4月23日-2010年4月22日)1期
井上幸春(2010年4月23日-2022年4月22日)3期