熱海市: 歴史
=== 先史 ===
古くからの湯治の地であり、元々の地名表記は「阿多美」(阿多美郷)であったが、海から熱い湯が湧き出ていたことや「あつうみが崎」とも呼ばれていたことなどから、江戸時代までには「熱海」表記が定着した。
熱海温泉は、奈良時代(749年)に箱根の万巻上人が、漁民を困らせていた海底火山の噴火を祈祷によって、陸地の火山(大湯間歇泉)へ移動させたという開湯伝説があり、そこに湯前神社(湯前権現)を作られたと伝わっている。もちろん、単なる自然現象・自然災害である。
『伊豆風土記』の記述(713年)にも、大湯間歇泉を表現していると見られる箇所がある。どちらも、湯前神社に祀られている神であるスクナビコナ神(少彦名神・少名毘古那神)に言及している。
また北部の伊豆山地区の伊豆山温泉(走り湯)は、699年(文武3年)に役小角(役行者)によって発見されたとする開湯伝説が伝わっており、さらに北端の泉地区が関わっている湯河原温泉は、万葉集の歌にも詠まれるなど、総じてこの地域の温泉の起源は、古代に遡るほど古い。
またこの地域は、古くからの山岳霊場である十国峠(日金山)の影響下にある地域でもあり、伊豆山神社(伊豆山権現)も元々は、応神天皇・仁徳天皇の時代に松葉仙人が日金山に「伊豆山の浜辺に現れた神鏡」を祀る祠(現・日金山東光寺)を創ったのが起源とされ、数度の東遷を経て836年(承和3年)に現在地に落ち着いたと社伝で伝えている。
そして源頼朝以来、伊豆山神社(伊豆山権現)が箱根神社(箱根権現)と共に「二所権現」に指定され、「二所詣」が行われるようになると、日金山は両社を結ぶ要所の霊場として発展し、各地からの参拝道も整備された。
こうして戦国時代以前までは、源頼朝や鎌倉幕府3代将軍源実朝をはじめとする東国武士に崇敬された伊豆山神社(走湯神社, 伊豆山権現)の麓にある伊豆山温泉(走り湯)の方が有名であったが、伊豆山・箱根両権現の別当寺(神宮寺)所属の僧兵たちが小田原の北条氏側に加勢したことで、1590年(天正18年)の豊臣秀吉による小田原征伐の過程で一帯が焼き討ちに遭うなど多大な被害を被ることになった(江戸時代に再建)。
他方の熱海温泉は、1593年(文禄2年)9月に関白・豊臣秀次が40日余り湯治に訪れ、さらに1602年(慶長7年)と1604年(慶長9年)3月に徳川家康が湯治に訪れ、その後、江戸幕府3代将軍徳川家光が現在熱海市役所がある場所に湯治用の「御殿」(ごてん)を造らせたり、4代徳川家綱以降は熱海の湯を江戸城まで運ばせる「御汲湯」(おくみゆ)が行われるなど、「将軍御用達の湯」として徳川家に愛用されるようになったため、江戸時代には「温泉番付」で行司役の一角を占めるほどに全国的な知名度と特権的格付けを獲得した。
江戸時代の熱海温泉は、「大湯」の周辺(現・熱海ニューフジヤホテル別館(アネックス)周辺)に27戸程度の「湯戸」(ゆこ)と呼ばれる引湯権を持った特権的な温泉宿が連なって湯治場が形成されていた。江戸時代の熱海村は幕府直轄地(天領)であり、江戸に滞在している大名・旗本やその親族も、幕府の許可を得て度々湯治に訪れた。
(なお、「御殿」跡は明治維新後に熱海村の公有地となるが、三菱の岩崎弥太郎が1878年(明治11年)に買い取って宮内省へ提供し、1889年(明治22年)から1931年(昭和6年)まで、主に大正天皇の療養を目的とした、当時横浜・神戸に次ぐ3番目の御用邸である「熱海御用邸」が建てられていた。その後熱海町へと払い下げられ、現在当地には市役所が立っている。)
==== 主要年表 ====
明治
1889年(明治22年)
1月1日 - 東京~熱海間で日本初の市外電話用電話回線が敷かれる。
4月1日 - 町村制の施行により、熱海村、伊豆山村、泉村、初島村が合併して賀茂郡熱海村が発足。
6月 - 「熱海御用邸」竣工。
1891年(明治24年)6月11日 - 熱海村が町制施行して熱海町となる。
1896年(明治29年)
3月12日 - 豆相人車鉄道熱海-小田原間開通。
4月1日 - 郡制の施行により所属郡が田方郡に変更。
1897年(明治30年)-1902年(明治35年) - 尾崎紅葉が読売新聞に『金色夜叉』を連載、爆発的人気となり熱海の知名度向上に貢献。
1906年(明治39年)6月15日 - 豆相人車鉄道が熱海鉄道に社名変更。
1907年(明治40年)12月 - 熱海鉄道が人車鉄道から軽便鉄道の蒸気機関車へと切り替え。
大正
1924年(大正13年) - 国鉄熱海線(国府津駅-熱海駅間)開通。
1925年(大正14年) - 熱海駅舎が完成。
昭和
1929年(昭和4年)11月24日 - 海岸埋め立てに反対する青年が昭和天皇に直訴する事件が発生。不敬漢を出した町として謹慎ムードが高まり、町長や町会・区会議員が進退伺を出すに至った。事件後、埋め立て業者は地元と妥協点を探るようになり事業規模は縮小された。
1932年(昭和7年)10月30日 - 西山の別荘地で熱海事件が発生。銃撃戦により警官2人が負傷、11人が検挙。
1934年(昭和9年) - 丹那トンネル開通。熱海駅-沼津駅間が開通し、国鉄東海道本線が(現・御殿場線ルートから)現ルートへと切り替えられる。
1935年(昭和10年)3月30日 - 国鉄伊東線の熱海駅-網代駅間が開業。
1937年(昭和12年)4月10日 - 熱海町と多賀村が合併し熱海市が発足。
1938年(昭和13年)12月15日 - 国鉄伊東線(熱海駅-伊東駅間)全面開通。
昭和
1950年(昭和25年)
4月13日 - 熱海大火発生、市街中心部焼失。市役所、警察署、消防署、旅館47軒を含む約1500棟が全焼。
5月1日 - 静岡県熱海復興事務所開設。
8月1日 - 「熱海国際観光温泉文化都市建設法」が公布、国際観光文化都市指定。
1956年(昭和31年)10月16日 - 十国峠ケーブルカー開通。
1957年(昭和32年)
1月1日 - 熱海美術館(MOA美術館の前身)開館。
4月1日 - 網代町を編入合併。
1959年(昭和34年) - 熱海城開業。
1962年(昭和37年) - 伊豆スカイライン(十国峠-巣雲山)開通。錦ヶ浦トンネル、曽我浦トンネル開通。
1964年(昭和39年)10月1日 - 東海道新幹線開業。
1965年(昭和40年)8月1日 - 熱海後楽園開業、熱海ビーチライン供用開始。
1966年(昭和41年)
熱海新道供用開始。
熱海ロングビーチ開業。
二代目お宮の松が植栽される。
1967年(昭和42年) - 熱海第一ビル竣工。
1971年(昭和46年) - 赤根トンネル開通。
1973年(昭和48年) - 熱函道路供用開始。
1982年(昭和57年)1月11日 - MOA美術館開館。
1986年(昭和61年) - 熱海サンビーチ完成、貫一・お宮像設置。
1987年(昭和62年)8月25日 - 和田浜南町(熱海港)沖の大規模埋め立て工事完了。
平成
1997年(平成9年)- 2009年(平成21年) - 渚親水公園各工区順次完成。
1999年(平成11年)4月14日 - エフエム熱海(現:エフエム熱海湯河原(Ciao!))開局。
2000年(平成12年) - マリンスパあたみ開業。
2004年(平成16年) - 長浜海水浴場が新装オープン。
2016年(平成28年)11月25日 - 熱海駅ビル「ラスカ熱海」開業。
2017年(平成29年)4月 - 市制施行80周年を記念し、『熱海温泉誌』を発行。
2018年(平成30年)
6月-7月 - 熱海国際映画祭を初開催。
11月 - 熱海怪獣映画祭を初開催。
令和
2021年(令和3年)7月3日 - 熱海市伊豆山土石流災害。28人が死亡。 …