御船町: 歴史
御船町の名は、景行天皇の九州平定ご巡幸の際、その「御船(おんふね)」が着岸したことによって名づけられたと伝えられる。
南北朝のころは、阿蘇氏の一族、御船氏が支配。
戦国時代は御船行房が支配。行房は阿蘇氏の智将、甲斐宗運に討たれ、甲斐氏が支配。
1587年(天正15年)、豊臣秀吉によって肥後国は2分され、小西行長が支配。関ヶ原の戦いで行長が滅ぼされると、加藤清正が支配。さらに1633年、加藤忠広の改易により細川忠利が支配。以後、細川氏が明治まで支配。
加藤、細川の時代には、豪商の町「御船」の名は関西まで知られ県内第一の町として栄えた。その後、明治を経て大正になり、文明開化とともに交通が発達するに従い、御船の名は影を薄めたが、1955年(昭和30年)の合併に際しても町名は「御船町」を残した。
1879年(明治12年) - 「郡区町村編制法」発布時、御船町、辺田見村、滝ノ尾村、七滝村、上野村、田代村、木倉村、高木村、豊秋村、水越村。
1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行により、御船町が発足。
1918年(大正7年) - 滝川村と合併し、改めて御船町が発足。
1955年(昭和30年)1月1日 - 御船町、滝水村、七滝村、木倉村、高木村、豊秋村、小坂村、陣村が合併し、改めて御船町が発足。
1962年(昭和37年) - 矢部町中島の一部であった松ノ生(まつのはえ)を編入。
1980年(昭和55年)3月12日 - 九州自動車道松橋IC - 八代IC間開通。御船IC開業。
1988年(昭和63年)5月3日 - 集中豪雨により御船川が氾濫。死者2人、全壊家屋10戸、半壊家屋22戸、床上浸水638戸、床下浸水512戸。
1998年(平成10年)4月 - 御船町恐竜博物館が開館。
2020年(令和2年) - 新型コロナウイルス感染症が拡大。学校が休校、翌年にかけて感染対策強化のため各種イベント等も中止。
2025年(令和7年)8月11日 - 集中豪雨により水道施設に被害。同月12日から15日にかけて断水または濁りに対応するため応急給水が配布が行われた