八雲町: 歴史
縄文時代より人が暮らしており、各地に遺跡が残されている。そのあと続縄文時代、擦文時代を経て、中世にアイヌ文化が成立した。各地にアイヌ民族の集落が形成され、暮らしていた。
旧八雲町では、ユウラップ(遊楽部)やオトシベ(落部)、ノダオイ(野田生)などにコタンがあった。江戸時代にアイヌと交易するために和人が住み始め、1801年(享和元年)に日本国内最北の関所となる「山越内関門」を設置した。旧尾張藩の藩主徳川慶勝が北海道開拓と併せて旧臣の生計を確保するため、遊楽部の土地の下付を願い出て1878年(明治11年)に家族持15戸、単身者10名、総人員82名を移住させたことから開拓が始まった。1881年(明治14年)に黒岩とともに独立して八雲村となった。その後、国道の開通によって役場をはじめとした各機関が山越内村から八雲村に移り、1902年(明治35年)の北海道二級町村制施行により両村が合併して八雲村となった。
旧熊石町は、早い時期に和人が多く来住し、それに圧迫されて早い時期にアイヌは奥地に移動、または和人コミュニティに吸収されたと考えられている。鎌倉時代後期の1296年(永仁4年)に日蓮の六老僧の1人である日持が熊石の地を訪れている事が記録に残っている。1691年(元禄4年)には和人地のエゾ地境界として相沼から熊石に番所が移されて和人地の最北端の地となったが、シャクシャインの戦いの起こった1669(寛文9)年には、関内・熊石・見日・相沼内などにアイヌの集落があった。1741年(寛保元年)の渡島大島(松前大島)の噴火によって村損壊の危機に陥ったが、1744年(永享元年)頃から有力者の移住によって新たな村づくりが進められ、ニシンの千石場所として繁栄した。 1873年(明治6年)に熊石、泊川、相沼の3村に戸長が任命され、1902年(明治35年)の北海道二級町村制によって熊石村として発足し、1962年(昭和37年)に町制施行して熊石町となった。
江戸時代は松前藩と関係がある。
明治
1869年(明治02年):蝦夷地を北海道と改称し、11国86郡とする。八雲地方は胆振国山越郡、落部地方は渡島国茅部郡となる。
1872年(明治05年):山越内に函館出張開拓使庁の出張所設置(1877年廃止)。
1878年(明治11年):徳川慶勝が遊楽部の官有地払下げを受け、開墾地を「徳川家開墾試験場」と称す。
1879年(明治12年):山越郡山越内村及び茅部郡落部村に戸長役場設置。徳川家が鷲の巣(現在の立岩)の土地払下げを受ける。
1881年(明治14年):遊楽部及び黒岩の区域が山越郡山越内村から分立して山越郡八雲村が発足する、山越内村外一ヶ村戸長役場設置。茅部郡落部村の区域の内、野田生、由追及び沼尻の区域が山越郡山越内村に編入。
1882年(明治15年):辻村勘治が舶来品の小型澱粉機を購入し、でんぷん製造を試みる。
1884年(明治17年):八雲神社神殿落成。
1885年(明治18年):公立八雲病院開設(1896年廃止)。
1889年(明治22年):森−長万部間の国道開通。
1890年(明治23年):戸長役場を山越内村から八雲村に移し、八雲村外一ヶ村戸長役場と改称。
1897年(明治30年):郡役所を廃止し、支庁設置。亀田支庁の管轄下となる。
1902年(明治35年):北海道二級町村制施行に伴って山越郡八雲村及び山越内村の区域をもって、山越郡八雲村が発足する。
1903年(明治36年):鉄道開通に伴い、野田追駅(現在の野田生駅)、山越内駅(現在の山越駅)、八雲駅、黒岩駅開設。
1907年(明治40年):北海道一級町村制施行。
大正
1912年(大正元年):梅村庭園創設
1915年(大正04年):北海道二級町村制施行により茅部郡落部村の区域をもって茅部郡落部村が発足する。
1919年(大正08年):町制施行して山越郡八雲町となる。
昭和
1931年(昭和06年):道南畜産組合による八雲競馬場での開催が始まる。
1933年(昭和08年):八雲−熊石間道路開通。
1943年(昭和18年):八雲陸軍飛行場(現在の航空自衛隊八雲分屯基地)完成。
1944年(昭和19年):日本医療団八雲病院設置(日本医療団解散に伴い廃止)。
1945年(昭和20年):アメリカ軍による北海道空襲。
1948年(昭和23年):国立札幌病院八雲分院が分離独立し、国立八雲病院(現在の国立病院機構八雲病院)と改称。徳川農場閉場(八雲産業設立)。
1949年(昭和24年):八雲町消防本部設置。
1951年(昭和26年):八雲−今金間道路開通。
1953年(昭和28年):熊石国保診療所(現在の八雲町熊石国民健康保険病院)開設。
1954年(昭和29年):昭和天皇、香淳皇后のお召し列車が八雲駅に停車。駅前奉迎が行われた。
1955年(昭和30年):「雪印八雲工場脱脂粉乳食中毒事件」発生。
1957年(昭和32年):茅部郡落部村を編入する。町立八雲病院(現在の八雲総合病院)開設。
1962年(昭和37年):八雲−厚沢部間道路開通。
1966年(昭和41年):八雲町育成牧場完成。
1974年(昭和49年):八雲温泉開湯。
1983年(昭和58年):八雲バイパス供用開始。
平成
1999年(平成11年):「シビックコア地区整備計画」策定。
2002年(平成14年):ハセガワデパート閉店。
2005年(平成17年):山越郡八雲町及び爾志郡熊石町が合併し、二海郡八雲町が発足する。
2006年(平成18年):北海道立噴火湾パノラマパーク一部開園(2009年全面開園)。道央自動車道八雲IC供用開始。
2009年(平成21年):道央自動車道落部IC供用開始。
2014年(平成26年):雲石道路全線開通。八雲町情報交流物産館 丘の駅オープン。