中之条町: 歴史
=== 町域の変遷 ===
明治5年(1872年)に廃藩置県によって群馬県が誕生、同年施行の大区小区制では「第20大区」(概ね吾妻郡に相当)の一部となる。このうち、旧中之条町一帯は「第5小区」、旧沢田村は「第6小区」、旧名久田村と旧伊参村は「第7小区」と「第8小区」、旧六合村一円は「第11小区」となる。
明治11年(1878年)に大小区制が廃され、郡区町村制に移行すると、現在の中之条町役場の隣に吾妻郡役所が置かれ、小区の役割は町村連合による戸長役場に受け継がれた。当初中之条の旧4小区には9つの戸長役場があったが、明治17年(1884年)の再編成の際に5つとなった。この再編が明治22年(1889年)の新町村発足の基礎となり、中之条町、伊勢町、西中之条村、青山村、市城村が合併し中之条町が誕生した。
昭和28年(1953年)、町村合併促進法が施行され、群馬県は各市町村に合併計画試案を通達した。そのうち、中之条町ブロックは中之条町、沢田村、伊参村、名久田村、高山村の5町村合併案であった。その後の合併推進協議会の結果、高山村の離脱が決定。昭和30年(1955年)4月1日、中之条町、沢田村、伊参村、名久田村の4町村が合併し、新中之条町が誕生した。
この合併に関しては、商工会や地元有志による7町村(5町村+太田村、東村)、10町村(7町村+原町、岩島村、坂上村)の大合併構想も存在したが、意見の集約を仕切れなかったことや、動き出すのが遅かったなどの理由で実現しなかった。
平成22年(2010年)3月28日、六合村を編入する。
1935年(昭和10年)9月26日 - 群馬県下で台風接近に伴う集中豪雨。中之条町の山間部でも土砂災害や河川の氾濫が多発。四万温泉と沢渡温泉の温泉旅館36戸が流失、一般家屋を含めると51戸が流失した。地域住民のほか入浴客も災害に巻き込まれ、翌9月27日午後9時の時点で死者55人(うち浴客13人)、行方不明者多数という状況となった。