榛東村: 歴史
=== 沿革 ===
昭和の大合併により1957年(昭和32年)3月30日、北群馬郡桃井村(もものいむら)(第一次)と群馬郡相馬村大字広馬場が合併して、桃井村(第二次)が誕生(相馬村の残部・大字柏木沢は旧箕郷町に編入された。)。その後村名を公募し、1959年(昭和34年)8月1日に現在の村名となった。榛名山の東に位置していることが由来と言われている。
また、この合併のときに、旧箕郷町(旧相馬村)柏木沢の小学生が榛東村の相馬小学校(現:南小学校)へ越境通学するといった問題が発生した。
平成の大合併では当初、渋川広域圏の合併協議に参加していたがほどなく離脱。その後2004年になって、吉岡町との1町1村による合併を目指して任意合併協議会を設立したが、新庁舎の問題や住民意見との乖離が表面化し、協議会は解散となった。
1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行に伴い、西群馬郡に桃井村(第一次:初代村長栁岡利平太)が誕生。
1896年(明治29年)4月1日 - 西群馬郡と片岡郡が合併して群馬郡となり、群馬郡桃井村となる。
1910年(明治43年)ー 相馬原が陸軍の演習地となる。
1940年(昭和15年)ー 満洲に相馬分村として入植する。
1949年(昭和24年)10月1日 - 群馬郡から北群馬郡が分立し、北群馬郡桃井村となる。
1952年(昭和27年)7月12日 - 相馬ヶ原駐屯地事件
1957年(昭和32年)1月30日 - ジラード事件
1957年(昭和32年)3月30日 - 北群馬郡桃井村と群馬郡相馬村の一部が合併して、北群馬郡桃井村(第二次)が誕生。
1959年(昭和34年)8月1日 - 桃井村(第二次)を榛東村に改称。
1962年(昭和37年)ー ぶどうづくりが始まる。
1965年(昭和40年)ー 赤痢が流行する。
1970年(昭和45年)ー 村の総合グラウンドができる。
1973年(昭和48年)10月29日ー 村章、村歌が決定する。
1978年(昭和53年)7月20日 - 上越新幹線榛名トンネルの工事により、トンネル上部に当たる山子田の土地(県道と田畑)が陥没する事故が発生(人・家屋への被害無し)。
1980年(昭和55年)4月23日ー 人口が1万人を超える。
1981年(昭和56年)6月4日ー 昭和天皇・皇后が榛東村を訪問。
1983年(昭和58年)10月16日〜10月19日ー 第38回国民体育大会(あかぎ国体)のライフル射撃が県営ライフル射撃場および榛東村立北小学校で行われる。
1986年(昭和61年)第1回村づくり産業祭が行われる。
1989年(平成元年)ふるさと公園が完成。
2009年(平成21年)10月26日 - 村役場の新庁舎が完成し、山子田から新井(現在地)に移転。
2023年(令和5年)4月23日ー 南千晴が県内初の女性村長に就任。