芦屋町: 歴史
太古の遠賀川の中流〜河口付近には縄文人の残した貝塚が分布しており、そのうち特に山鹿貝塚と呼ばれるものは全国的にも著名な貝塚となっている。
弥生時代後期には「岡の津」と呼ばれ、豊津・宇佐と共に三大軍港の一つとして有名であった。当時は奥の深い広大な湾を成していたが、長年の遠賀川からの土砂の堆積と干拓により、かつての面影は無い。平安時代中期から芦屋津(港)として記録に残る。
1185年、葦屋浦の戦い(治承・寿永の乱)の合戦場となった。同年平家が滅び、鎌倉幕府の誕生と共に、幕府の命により、宇都宮氏が地頭として赴任してきた。およそ1200年頃、土御門天皇の代に、宇都宮氏により「芦屋釜」が興された。古くから周辺の海域には海女 (妖怪) が出没したという伝承が残っている。
中世には「芦屋千軒・関千軒」とも言われ、下関とも肩を並べるほどの都市であった。江戸時代から明治初期にかけては唐津街道の宿場町・遠賀川の石炭積み出しの中継点として・博多や小倉などとも行き来する海洋交通の要衛として栄え、現在の遠賀郡の範囲のほか中間市・北九州市若松区・戸畑区・八幡西区・八幡東区の大半を含む郡域を統括する郡役所が設けられたほか、警察署・法務局・裁判所などの行政機関・高等教育機関も置かれ地域の中心都市として繁栄した。
しかし、明治になり開通した筑豊興業鉄道、九州鉄道の路線が町域を通らなかったこと(朝鮮半島や日本海に近いため沿岸部の鉄道建設は防衛上の観点からも忌避される傾向にあった。また地元の反対も大きかったとされる。芦屋に鉄道を敷設する場合には遠賀川に長大鉄橋の架橋が必要であり、さらに小倉・門司方面へは洞海湾を跨ぐ必要があった)、1901年官営製鉄所が当時の八幡村に進出したことなどにより洞海湾沿岸部の村々が急激に都市化、また鉄道により折尾や若松が大いに発展したため地域の中心都市という優位性はなくなり、また交通の要衛から陸の孤島へと立場は変わり、行政機関は折尾村や若松へ移転。著しい町勢の衰退から巻き返しを図るべく鉄道を敷設したり、柏原または芦屋に大規模築港の構想もあったものの実現はせず、1900年頃には1万人を超えていた人口は、1940年頃には6000人ほどにまでに減少し、衰退した。
1941年に北九州工業地帯の防衛のために陸軍芦屋飛行場が完成し、敗戦後は米軍が接収する。1950年に朝鮮戦争が勃発すると芦屋基地は爆撃機の前線基地となったことで繁栄、隊員相手の歓楽街が形成され一気に人口は倍増した。それまで野原や芋畑ばかりであった現在の正門町地区にビアホールやダンスホール、遊興施設などが続々と完成しまさに眠らない町となった。
しかし、朝鮮戦争が休戦すると次第に米軍の規模は縮小。潮を引いたかのように好景気は去っていった。基地はその後1960年には返還される事となった。
この間人口は15,000人前後で、一進一退の状態であった。米軍撤退後には緑ヶ丘に存在した三井工作所の跡地に日本鋳鍛鋼の社宅を誘致、町内各地に大規模な町営住宅を建設、撤退した米軍基地の後継として航空自衛隊を誘致するなどし人口は急増、1970年代には2万人目前に迫ったものの、これをピークに人口は減少することとなった。
江戸時代には廻船問屋なども立ち並び活況を呈した。また、明治時代初頭にかけ、筑豊炭田の積出港として繁栄した。
1873年(明治6年) - 芦屋村市場町(現・西浜町)に遠賀郡役所設置。
1881年(明治14年) - 芦屋郵便局が3級郵便局に昇格。
1898年(明治31年) - 遠賀郡役所が折尾に移転。
1915年(大正4年) - 芦屋鉄道(遠賀川 - 西芦屋間)開業。
1931年(昭和6年) - 芦屋鉄道が営業休止(事実上の廃止)。
1939年(昭和14年) - 大日本帝国陸軍が芦屋町内に飛行場を建設。
1945年(昭和20年) - 飛行場が米軍により接収され、朝鮮戦争時には爆撃機や輸送機の基地として使用された。
1947年(昭和22年) - 国鉄芦屋線開業。1950年(昭和25年)に一般乗客に開放。
1952年(昭和27年) - 遠賀川水面にて芦屋競艇場初開催。
1961年(昭和36年) - 米軍が芦屋基地から撤退したのち航空自衛隊芦屋基地開設。芦屋線廃止。
1962年(昭和37年) - 日炭大君坑閉山
1969年(昭和44年) - 芦屋競艇場が現在地に移転。
1979年(昭和54年) - 「遠賀・中間地域広域行政事務組合」設立(構成市町:中間市、遠賀郡4町、宗像郡玄海町)。
1998年(平成10年) - 栃木県佐野市と親善都市提携。
2002年(平成14年) - 北九州市主導の共同事業による急行バス「黒崎・芦屋間急行バス」運行開始。
2005年(平成17年) - 西鉄バス芦屋線の廃止代替バスとして芦屋タウンバス運行開始。北九州市交通局が運行。
2007年(平成19年) - 上水道事業を北九州市に統合。
2017年(平成29年) - 黒崎芦屋間急行バスが廃止。
1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行により、遠賀郡芦屋村及び山鹿村が発足する。
1891年(明治24年)6月10日 - 芦屋村が町制施行して芦屋町が発足する。
1905年(明治38年)11月5日 - 芦屋町が山鹿村を編入する。