屋久島町: 歴史
文献に表れるのは、中国の歴史書『隋書』大業3年(607年)煬帝の代に「夷邪久国」の記述が見えるのが最初であるが、この「夷邪久」は屋久島を指す説と、南島全般(すなわち種子島・屋久島より南方)を指す説とがある。日本では『日本書紀』推古天皇24年(616年)に掖久(やく)人30名が帰化した、とあるのが初出。安土桃山時代には豊臣秀吉の命によって屋久杉が運ばれ建材に採用される。江戸時代(宝永5年)1708年、鎖国政策の中でイタリア人司祭のジョバンニ・シドッチが侍の変装で屋久島に上陸し、本土に送られ新井白石による『西洋紀聞』の元となった。
2007年(平成19年)10月1日 - 熊毛郡の屋久町と上屋久町が合併して屋久島町が発足した。
2019年(令和元年)5月18日 - 集中豪雨により町内の道路が寸断。縄文杉へと向かう登山口などに登山客252人以上が一時取り残された。
2023年(令和5年)8月9日 - 令和5年台風第6号による集中豪雨で永田川、中野川が氾濫。一部民家で床下浸水。
2023年(令和5年)11月29日 - 屋久島沖米軍オスプレイ墜落事故が町内で発生。漁業が影響を受けた他、町内の安房港や屋久島空港が捜索活動で利用されるなどの影響を受けた。