Heimatgeschichte · Kamiita ·

上板町: 歴史

上板町: 歴史

現在の上板町に相当する地域は、徳島県でもっとも古くから開けた地域であり、阿讃山脈山麓からは、1万年以上前の旧石器時代の石器、縄文土器、弥生時代の銅鐸などが出土する。大化の改新による公地公民制による郡制度により、阿波国では板野郡、名方郡など7郡が設置された。名方郡は896年(寛平8年)に名西郡と名東郡に分離した。板野郡は902年に板東郡と板西郡に分割されたが、1644年に両郡は合併されて元の板野郡に戻った。
江戸時代には徳島藩が農業振興に力を入れ、現在の田畑の殆どがこの時代の新田開発によって開拓された。また殖産振興政策により阿波藍と阿波和三盆糖の生産が盛んになった。1889年(明治22年)の町村制施行により、七条村・鍛冶屋原村・引野村・泉谷村が合併して板野郡松島町が、西分村・神宅村・椎本村が合併して同郡大山村が、瀬部村・高瀬村・高磯村・上六条村・下六条村・佐藤塚村・第十新田が合併して名西郡高志村が成立した。
2008年、し尿処理の中継運搬問題をめぐって続いていた町長派と反町長派の対立が激化。町長の松尾國玄が議会で否決された中継運搬費を盛り込んだ予算案を専決処分したため、町長の解職請求(リコール)運動が行われた。3月23日に行われた住民投票の結果、リコール賛成派が反対派の2倍近い得票を獲得し、町長の松尾は失職した。町長失職に伴う町長選挙が行われ、反町長派で町議会議員の納田伸春が当選し、新町長に就任した。2013年8月、中学校体育館新築工事をめぐり、共謀して建設業者に最低制限価格を漏らした官製談合防止法違反の疑いで町長の納田伸春と前町長リコールの会の会長の梶田道男らが逮捕された。同年10月、納田前町長の辞職に伴う町長選挙が行われ、元衆議院議員の七条明が当選した。

1955年(昭和30年)3月31日 - 板野郡大山村・松島町・名西郡高志村が合併して発足。
1960年 - 町内3中学校を統合。上板町立上板中学校となる。
1972年(昭和47年)1月1日 - 町章を制定。
1972年(昭和42年)1月16日 - 鍛冶屋原線が廃止。これにより、町内を通過する鉄道はなくなった。
1982年(昭和57年)- 町役場が改築され、新庁舎2階に公民館が設けられる。
1984年(昭和59年)- 町役場旧庁舎跡に農村環境改善センターが完成。
1995年(平成07年)- 徳島自動車道の藍住、脇町間が開通。町内には上板サービスエリアが設置される。
2008年(平成18年)- 松尾國玄をリコール。出直し選挙戦で、現職の松尾國玄を破った納田伸春が町長に就任した。
2013年(平成25年)- 納田伸春が官製談合の疑いで逮捕。出直し選挙戦で、元職の松尾國玄を破った七条明が町長に就任した。
2017年(平成29年)- 任期満了に伴う町長選挙で、現職の七条明を6票差で破った松田卓男が町長に就任した。

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Quelle: Text: Wikipedia – „上板町“, Autorinnen und Autoren (Versionsgeschichte), CC BY-SA 4.0 · Foto: LERK, CC BY 3.0 – Wikimedia Commons