大多喜町: 歴史
=== 合併前 ===
大多喜地域は戦国時代から城下町として繁栄した。応仁の乱以後守護大名が台頭し、長南の武田氏、万木の土岐氏、小浜の槍田氏、安房の里見氏がこの地方で衝突していた。小田喜根古屋城は1544年(天文13年)武田氏から里見氏の武将正木時茂が取って代わり、里見氏の支配を受けた。1590年(天正18年)徳川四天王の1人本多忠勝が10万石を与えられ約11年間領知した。忠勝は里見氏に備えて城を整え、城下町の整備、六斎市の開市を企てた。本多氏以後たびたび城主が替わり、1703年(元禄16年)から松平氏が9代続いたが、大多喜地域の大部分が他藩領、旗本知行地として支配を受けた。明治維新により大多喜県、木更津県、千葉県と行政区画が変遷し1889年(明治22年)老川村、西畑村、総元村、上瀑村、旧・大多喜町が誕生した。
1935年(昭和10年)5月、大多喜町で建設が進められていた宮田製作所の自転車工場が一部完成。フレームの生産等を始める。工場の動力は地域産の天然ガスが使用された
大多喜地域は次第に衰退し財政力が豊かではなかった。そこで、町村規模の適正化、福祉の推進、地方自治の発展、行財政の強化のため旧5町村が町村合併促進法により合併し、現在の大多喜町が誕生した。
1954年(昭和29年)10月5日 - 旧・大多喜町、総元村、西畑村、上瀑村、老川村が合併し、現在の大多喜町が誕生。
1970年(昭和45年)7月1日 - 集中豪雨で大多喜116ミリメートルの雨を観測。夷隅川が久保地内で氾濫するなどして約200戸が床上浸水。当時の総理大臣佐藤栄作が来町。
1975年(昭和50年)
9月10日 - 千葉県立総南博物館(大多喜城)開館
9月28日 - 第1回お城まつり
1978年(昭和53年)
8月3日 - クエルナバカ市と姉妹都市提携
1979年(昭和54年)
5月24日 - 弘文洞が崩壊
1995年(平成7年)10月1日 - 荒川区と友好交流協定
1997年(平成9年)10月1日 - おおたきショッピングプラザオリブ竣工式
2001年(平成13年)8月10日 - 商い資料館が開館
2006年(平成18年) - 千葉県立総南博物館が千葉県立中央博物館大多喜城分館と改称
変遷の年表
変遷表