白馬村: 歴史
鎌倉時代には佐野坂から現在の小谷村一帯まで含む六条院領の荘園千国荘が成立し、江戸時代には沢渡、佐野、飯田、飯森からなる四ヶ庄(四ヶ条)と呼ばれた。封建時代から松本藩による重税に苦しい生活を強いられてきた地域であった。
今日の白馬村一帯は1882年(明治15年)頃までは田畑や原生林であり、塩の道沿いの平川神社の付近に数戸の家屋のみ知られていた。糸魚川街道の開通が契機となり、街道に沿った新たな宿場町の設立を希望する有志が集まり、1888年(明治21年)末には31戸を数えた。
1956年(昭和31年)9月30日 、北安曇郡神城村・北城村が新設合併し、白馬村が発足する。当時はスキー業は今ほど活発に行われておらず水稲・養蚕を中心とした純農村という状態であった。また文化的にも交通の面からも要所から遠く離れた寒村であった。
1958年(昭和33年)12月、白馬ケーブルが八方屋根に架設され、白馬村でテレビが映るようになる。
1961年(昭和36年)12月、全村に有線放送電話が設置される。
1963年(昭和38年)8月、『白馬小唄』が製作される。
1966年(昭和41年)10月に村内の国道148号の舗装が全線で完了し、12月には白馬長野線(現在の国道406号)が全線で開通した。
1967年(昭和42年)
9月、村章が制定される。
11月、白馬村合併10周年記念式典を挙行。
1979年(昭和54年)11月、村民憲章を制定する。
1982年(昭和57年)
6月、NHK白馬FM局(白馬中継局)が開局する。
10月、白馬岳頂上宿舎が完成する。
1984年(昭和59年)7月、白馬東部で、集中豪雨により6億6千万円相当の被害が出る。
1985年(昭和60年)3月、姫川源流が「名水100選」に選出される。
1987年(昭和62年)
8月、村道105号線の新田~八方間が「日本の道100選」に選出される。
12月、白馬連山と風吹大池が「長野の自然100選」に認定される。
1992年(平成2年)12月、白馬ジャンプ競技場が完成する。
1993年(平成3年)11月、白馬村保健福祉ふれあいセンターが完成する。
1994年(平成4年)2月、エコーランド地区が村内初の「景観形成住民協定地」に認定される。
1996年(平成6年)8月、道の駅白馬が完成する。
1998年(平成10年)2月、長野オリンピック開催。翌3月にはパラリンピックが開催された。
1999年(平成11年)10月、大出吊橋、青鬼地区が信州の「サンセットポイント100選」に認定される。
2009年(平成21年)8月、「ふるさと白馬応援し隊」が発足する。
2013年(平成25年)2月、白馬村キャラクター「ヴィクトワール・シュヴァルブラン・村男III世」がデビューを飾る。
2014年 (平成26年) 11月、最大震度6弱の長野県神城断層地震が発生。白馬村の震度計では震度5強を記録したが、白馬村の一部の地域では、震度5強よりも強い揺れがあったとみられており、神城地区などでは死者こそ出なかったものの木造家屋の多くが倒壊するなどの大きな被害が出たことから災害救助法の適用を受けた。なお、気象庁の震度データベースによると、震源地は白馬村のほぼ直下であった。
2016年(平成28年)
3月、長野県白馬高等学校に教育寮「しろうまPal House」が開寮する。
4月、長野県白馬高等学校に国際観光科が開科する。
10月、白馬村制施行60周年記念式典を挙行する。
2018年(平成30年)12月、5Gを利用した除雪車運行実験や観光振興などでKDDIと連携協定。