川西町 (奈良県): 歴史
古代の大和国城下郡三宅郷の地であり、倭(やまと)屯倉に比定される。町域には糸井神社(結崎)・比売久波神社(唐院)の延喜式内社が鎮座する。唐院には全長195メートルで周濠付きの前方後円墳、島の山古墳(5世紀前半の古墳時代の古墳)があり、倭国造の墳墓と見られる。
また面塚は室町時代に空から降ってきた能面とネギを観阿弥が授かったという伝説から、能楽観世流の発祥地と呼ばれており、現在ネギは結崎ネブカとして町の名産品となっている。
明治21年10月13日の合併村願によると、寺川以西の地域を川西と呼んでいたことから川西村の名が選定されたものである。これは、寺川の東側に位置する川東村(現在の田原本町)に対応している。
1889年(明治22年)4月1日 - 町村制の施行により、式下郡結崎村・下永村・吐田村・梅戸村・唐院村・保田村の区域をもって川西村が発足する。
1897年(明治30年)4月1日 - 式下郡川西村の所属郡が磯城郡に変更される。
1975年(昭和50年)4月1日 - 川西村が町制施行して川西町となる。
== 行政 ==
町長 : 小澤晃広
町議会議員定数 : 12名(無所属10、維新1、共産1)(2021年7月19日現在)
衆議院議員選挙の選挙区は「奈良県第2区」、奈良県議会議員選挙は「磯城郡選挙区」(定数2)となっている。