五霞町: 歴史
1857年(安政4年)10月 : 赤松宗旦『利根川図志』に、現在の五霞町の区域が「五ヶ村島」として紹介され、下総国葛飾郡に属し、南は権現堂川、北は赤堀川、東は逆川の間にあり、佐伯川の西に川妻村と東に他の十一ヶ村があるが、古くは五ヶ村であったものが分かれたとされる。
1878年(明治11年)12月2日 : 郡区町村編制法により、茨城県管下の下総国葛飾郡の区域を西葛飾郡とする。
1881年(明治14年) : 西葛飾郡幸館新田・主税新田が合併して幸主村となる。
1889年(明治22年)4月1日 : 町村制の施行により、西葛飾郡元栗橋村、幸主村、山王山村、山王村、江川村、冬木村、新幸谷村、川妻村、小手指村、大福田村及び小福田村の十一ヶ村が合併し五霞村が発足。
1892年(明治25年)
村役場を元栗橋から小福田の無量寿寺境内へ移転。
五霞村小学校を創設。
1893年(明治26年) : 五霞尋常小学校の名称を五霞第一尋常小学校に変更する。幸主分教場の名称を五霞第二尋常小学校に変更する。
1895年(明治28年) : 千葉県東葛飾郡関宿町の権現堂川以北(江戸町の一部)を編入。
1896年(明治29年)3月29日 : 郡制施行に伴い、西葛飾郡が廃止され、猿島郡に編入される。
1910年(明治43年)
五霞第一尋常小学校及び五霞第二尋常小学校を廃し、五霞尋常小学校を設置する。
五霞尋常小学校及び五霞高等小学校を廃し、五霞尋常高等小学校を設置する。
利根川で洪水が発生し、権現堂川と逆川(現在の江戸川流頭)が決壊する。
1916年(大正5年) : 猿島郡香取村大字前林の区域の一部及び大字釈迦の区域の一部を廃し、その区域を猿島郡五霞村に編入する。 (利根川(赤堀川)南岸の区域)
猿島郡香取村旧大字前林の区域の一部を大字前林に設定する。
猿島郡香取村旧大字釈迦の区域の一部を大字釈迦に設定する。
1921年(大正10年) : 村役場を無量寿院境内から小福田に新築移転。
1927年(昭和2年) : 山王閘門が竣工となる。
1935年(昭和10年) : 7.99mの水位を記録する洪水が発生する。
1963年(昭和38年) : 村役場の新庁舎(現在の町役場庁舎)が竣工となる。
1964年(昭和39年) : 関宿橋、境大橋が開通する。
1970年(昭和45年) : 五霞東小学校が設置される。
1971年(昭和46年) : 五霞西小学校が設置される。
1979年(昭和54年)11月27日 : 村章を制定する。
1981年(昭和56年) : 新4号国道春日部古河バイパスに新利根川橋が開通する。
1983年(昭和58年) : 村役場の庁舎を増築する。
1986年(昭和61年) : 村の花・村の木・村の鳥を制定する。
1989年(平成元年) : 村制百周年記念事業を挙行。
10月20日 : 五霞村民憲章を制定する。
1993年(平成5年) : 首都圏中央連絡自動車道(圏央道)のインターチェンジの村内設置が決定。
1996年(平成8年)6月1日 : 猿島郡五霞村を猿島郡五霞町とする。
2001年(平成13年)4月7日 : 新4号国道春日部古河バイパスの新利根川橋を無料開放する。
2002年(平成14年)11月 : 合併に関する住民アンケートの結果、枠組みは「埼玉県内」が81.2%、「茨城県内」が17.1%となる。12月には幸手市との任意合併協議会が設置。
2003年(平成15年)4月1日 : 埼玉県幸手市との法定合併協議会を設置。
2004年(平成16年)1月31日 : 合併協議会を解散、単独での存続を決定。
2005年(平成17年)4月23日 : 道の駅ごかがオープン。
2013年(平成25年)10月1日 : 五霞町コミュニティ交通「ごかりん号」試験運行開始。
2015年(平成27年)3月29日 : 首都圏中央連絡自動車道(圏央道) 久喜白岡JCT - 境古河IC間開通、町内に五霞ICが開設。
2016年(平成28年)10月1日 : 五霞町コミュニティ交通「ごかりん号」本格運行開始。
2021年(令和3年)3月20日:茨城県道267号幸手境線バイパスの中川橋梁「令和橋」を含む延長約1.8kmの区間が供用。
== 人口 ==
かつては茨城県の市町村で最も人口が少ない自治体だったが、21世紀に入ってからは県南地域の稲敷郡河内町の人口が急減していることにより、2022年2月1日には逆転している。