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神石高原町: 歴史

神石高原町: 歴史

1619年 - 徳川家康の従兄弟水野勝成が西国鎮衛の役目を命じられ、備後国東南部・備中国西南部の十万石に転封。神石郡もほぼ全域が領地に含まれる。
1698年 - 5代福山藩主水野勝岑死去により無嗣除封 以降、一部が福山藩領のままだったが、大半が豊前中津藩(現在の大分県中津市)の飛領や天領となる。
1868年 - 明治維新。神石郡の一部が倉敷県の飛地となる。
1871年 - 廃藩置県により 中津藩から中津県となる。さらに深津県となる。深津県は翌1872年小田県と改称する。
1876年 - 小田県は岡山県に合併。翌1877年神石郡は岡山県から広島県に属す。
1889年 - 神石郡内各地で町制、村制が施行される。
1956年 - 神石郡は油木町、神石町、三和町、豊松村の4町村体制となる。
2001年5月 - 任意団体「神石郡四町村合併協議会」が油木町に設置され、合併の準備が本格化する。
2002年7月 - 法定協議会「神石郡合併協議会」が発足し、2年後の合併に向けた具体的協議が始まる。
2004年11月 - 神石郡内の4町村(油木町、神石町、豊松村、三和町)が対等合併し、神石高原町となる。この結果、広島県から村が消滅した。
2004年12月 - 旧油木町出身の牧野雄光が初めての町長選挙で他の2候補を破って当選、初代町長に就任する。同日に行われた議会議員選挙で18名の議員も決定する。
2005年9月 - 神石高原町発足イベントが行われる。会場は当時町有となっていたウインズコートホテル。
2007年2月~6月 - 油木地区を中心に26件にもわたる不審火が連続して発生、多くの恒例行事が中止される。2008年10月現在も全ては解決に至っていない。
2008年11月 - 2回目の町長選挙および町議会議員一般選挙が告示され、牧野が無投票で再選。15名の立候補者から14名の議員が決定する。
2011年4月 - 学校配置適正化により三和小学校、高蓋小学校、二幸小学校を廃校。町立三和小学校を新設する。
2011年4月 - 情報システム「神石高原かがやきネット」が発足。CATV機能を含めたデジタル情報端末がほぼ全戸、全施設に配置される。
2017年9月 - 楽天と就農支援などでの連携協定を結ぶ。
2021年10月14日 - 役場新庁舎が完成し移転。

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Quelle: Text: Wikipedia – „神石高原町“, Autorinnen und Autoren (Versionsgeschichte), CC BY-SA 4.0 · Foto: Phronimoi, CC BY-SA 3.0 – Wikimedia Commons