穴水町: 歴史・年譜
鎌倉時代 長谷部信連によって穴水城築城
畠山氏の重臣、長一族の拠点
1583年に穴水城廃城。
1889年(明治22年)4月1日:町村制の施行により、鳳至郡川島村、大町村、七海(しつみ)村、北七海村、内浦村、平野村、此木(くのぎ)村、天神谷村及び麦ヶ浦村を廃し、その区域をもって鳳至郡穴水村を設置する。
1903年(明治36年)8月10日:鳳至郡穴水村を廃し、その区域をもって鳳至郡穴水町を設置する。
1908年(明治41年)4月1日:鳳至郡穴水町、島崎村及び東保村を廃し、その区域をもって鳳至郡穴水町を設置する。
1944年(昭和19年):学童の集団疎開として、大阪市の東都島国民学校の児童を受け入れる。
1945年(昭和20年):学童の集団疎開として、大阪市の中泉尾国民学校の児童を受け入れる。また、中根香葉子が縁故疎開してくる。
1954年(昭和29年)3月31日:鳳至郡穴水町、兜村及び住吉村を廃し、その区域をもって鳳至郡穴水町を設置する。
1955年(昭和30年)3月10日:鳳至郡諸橋村を廃し、その区域を鳳至郡穴水町に編入する。
1959年(昭和34年)8月25日:能登半島一帯で集中豪雨。輪島市、穴水町、門前町及び能都町等で土砂災害により死者・行方不明者37人。
2005年(平成17年)3月1日:鳳至郡及び珠洲郡を廃し、門前町、穴水町及び能登町の区域をもってあらたに鳳珠(ほうす)郡の区域を画す。
2007年(平成19年)3月25日:平成19年能登半島地震が発生。町内ではこの地震の最大震度である6強(計測震度6.33)を記録し、穴水駅前地区、商店街、市街地住宅街に被害が多数出た。
2024年(令和6年)1月1日:令和6年能登半島地震が発生し、震度6強を観測。土砂崩れや、多数の住宅の倒壊、道路の陥没といった被害のほか、津波被害も発生。