大空町: 歴史
石器時代より栄えた。石錘・石鏃などが発掘されている。
1808年(文化4年) - 幕府の天領となる。
1821年(文政4年) - 一旦松前藩領に復す。
1855年(安政2年) - 再び天領となる。
1890年(明治23年) - マッチ軸木材伐採のため造材小屋が作られ、人が居住しはじめる。
1898年 - 農業に従事する者が定住し本格的な開拓が始まる。
1912年(大正元年) - 北見 - 網走間の鉄道が開通し女満別駅が開業する。以後急速に入植者が増え、基礎的な集落が編成される。
1921年(大正10年) - 網走町(現網走市)より大字網走村、最寄村の各一部を分立し二級町村制を施行。女満別村が発足。
1931年(昭和6年)- 網走町より越歳の一部(現在の女満別住吉)を女満別村へ編入。
1939年(昭和14年)- 女満別村が一級町村制を施行。
1947年(昭和22年) - 網走町の一部(字東藻琴・西蔵・大進・明生・新富・山園・福富・末広・千草および栄・清浦の各一部)を分立し、東藻琴村が発足。
1951年(昭和26年)4月1日 - 女満別村が町制を施行し、女満別町となる。
2003年(平成15年)8月8日 - 道の駅メルヘンの丘めまんべつオープン。
2005年(平成17年)7月3日 - 美幌バイパス美幌IC-女満別空港IC間開通。
2006年(平成18年)3月31日 - 女満別町と東藻琴村が合併(新設合併)し「大空町」となる。
2017年(平成29年)9月1日 - 道の駅ノンキーランド ひがしもことオープン。
合併パターン
女満別町、東藻琴村はどちらも網走市が主導する枠組み(網走市・女満別町・東藻琴村・小清水町・清里町・斜里町)での合併と、美幌町が主導する枠組み(美幌町・津別町・女満別町・東藻琴村)の2パターンでの合併を求められた。どちらのパターンとも署名数は多かった。
ところが、女満別・東藻琴ともに町議会で両方のパターンでの枠組みを否決し、網走市および美幌町を含めた形で一本化した形とすべきの結論に至り、その後も女満別が「美幌町が主導する枠組みに網走を加えた枠組み」と「美幌町が主導する枠組みに網走と常呂を加えた枠組み」も唱えたが、美幌町及び常呂町は反対した。
また、女満別空港があると言う理由で北見市との協議入りの要請も、北見市からあったが、受け入れなかった。
結局、女満別町および東藻琴村との対等合併という形が望ましいと言う結論になっている。美幌町の途中参加要請も振り切り、合併している。
新町名
町名は住民からの公募に基づいて決定されたもので、網走管内南部の空の玄関である女満別空港があることに因む。「大空町」という名称は、澄み切った大空、そしてその大空の下に広がる実り豊かな大地のもとで、住民が夢や希望を持ち、晴れ晴れした気持ちで暮らしていくことを目指すという意味で命名された。また、帯広市大空町が網走管内に大空町が誕生することを歓迎した。このことから、大空町と帯広市大空町の交流もあるなど、地域とのつながりが生まれている。 なお他の町名の候補には湖桜(こざくら)、青空、桜丘、みのり、などがあった。
合併直後はカントリーサインが制定されていなかったが、新たなデザインの物が2007年(平成19年)4月に町サイトにて発表された。