錦江町: 歴史
縄文時代からの遺跡が町内で発掘されており、この頃から定住があったようである。713年には大隅国が設置され肝坏郡(きもつきぐん)に属したのち大隅郡(1887年に南大隅郡とされる)に属す。平安中期には禰寝院として荘園支配がなされるようになる。
江戸時代には外城制(後に郷と称す)が敷かれ、大根占と田代の2郷が置かれた。大根占郷と田代郷は町村制施行時(1889年)にそのまま大根占村・田代村となった。大根占村は1933年8月、田代村は1961年4月にそれぞれ町制を施行した。
平成の大合併では当初大根占町・田代町・根占町・佐多町(後者2町は現在の南大隅町)の4町で合併協議を進めたが、2004年に大根占町側から反対の声が挙がり田代町との合併協議を進めた。同年10月29日に合併協定書調印式が行われ、2005年3月22日に大根占町・田代町が対等合併して新町制を施行し、錦江町が発足した。町名は西側に広がる錦江湾(鹿児島湾)に由来し、一般公募により決定された。