高山村 (長野県): 歴史
=== 旧石器時代 ===
『長野県史』には、高山村の旧石器時代の遺跡として荒井原、紫、福井原の遺跡が掲載されている。
1960年(昭和35年)、樋沢川の上流で湯倉洞穴が発見され、この中から1万年前の縄文時代の土器、人骨が発見された。調査の結果、この遺跡は縄文時代、弥生時代、古墳時代、古代、中世、戦国時代に至る複合遺跡であることが判明した。この遺跡の存在により高山村には縄文時代の初めから人間が住んでいたことが証明された。高山村にある縄文遺跡は、村内各地にあり34ヶ所に及ぶ。
高山村には前期や中期の古墳は存在しないが、村内の遺跡からは4世紀につくられた土器が多数出土している。この時代、稲作農業はわずかで焼き畑や動植物の自然採取に生活の主体がおかれていたと考えられる。
高山村には平安時代の遺跡が25ヶ所あり、そのうち5遺跡が古墳時代と重なる。奈良時代末に皇室の馬を飼育する御牧が各地におかれた。高山村にある「牧」「駒場」の地名もこれに関係する。
松川の南側は高井野郷、北側には山田郷があった。
1598年(慶長3年) - 北信濃が豊臣秀吉の直轄地、高井郡は田丸直昌領。
1616年(元和2年) - 徳川幕府領、高井野村堀之内に幕府代官・井上新左衛門が陣屋を構える。
1619年(元和5年) - 福島正則の支配地、高井野藩(館の跡地が現在の高井寺にある)。
1638年(寛永15年) - 幕府領。
1661年(寛文元年) - 甲府藩領。
1703年(元禄16年) - 幕府領。
1761年(宝暦11年) - 石見浜田藩領(島根県)。
1792年(寛政4年) - 浜田藩領(島根県)。
1823年(文政6年) - 松代藩預地(天領)。
1827年(文政10年) - 浜田藩領富竹役所(長野市)の支配。
1837年(天保8年) - 幕府領。
1868年(明治元年) - 尾張取締所の支配。
1870年(明治3年) - 更級郡山田村から起こった松代騒動の煽りを受けた中野騒動は約2000人の一揆勢が当村に集結して始まった。
1871年(明治4年) - 長野県管轄。この時点で高井郡高井野村・黒部村・牧村・駒場村・中山田村・奥山田村の6村があった。
1875年(明治8年) - 駒場村・中山田村が合併して中山村となる。
1876年(明治9年) - 黒部村・高井野村が合併して高井村となる。
1879年(明治12年)1月4日 - 所属郡が上高井郡に変更。
1889年(明治22年)4月1日 - 市町村制施行。高井村・牧村の区域をもって高井村、中山村・奥山田村の区域をもって山田村が発足。
1956年(昭和31年)9月30日 - 高井村・山田村が合併して高山村が発足。