下仁田町: 歴史
原始・古代
旧石器時代:金剛萱遺跡、吉崎遺跡、下鎌田遺跡など。
縄文時代:下鎌田遺跡(現・下仁田IC)、吉崎遺跡、杣瀬遺跡、川井天狗平遺跡、初鳥屋遺跡(出土した石棒は市指定文化財)、米山遺跡、本宿地内遺跡、荒船風穴岩陰遺跡など。
弥生時代:只川橋下岩陰遺跡、川井天狗平遺跡、鷹ノ巣城跡遺跡。
古墳時代:馬山古墳群
大塚古墳(馬山村18号墳)、竹ノ上古墳(馬山村20号墳)のみ現存。
江戸時代は中山道脇往還沿いの宿場町として大いに賑わった。本宿、下小坂地区も宿場町として栄え、西牧関所が置かれた。
元治元年(1864年)11月16日、京都に向かう天狗党の軍勢と、高崎藩兵との間で戦闘が発生し、天狗党が勝利。翌日、天狗党は信濃国へ向かった(下仁田戦争)。
1871年(明治4年)8月29日 - 廃藩置県により岩鼻県甘楽郡に所属。関係する村名は以下のとおり。
青倉・大桑原・風口・宮室・下仁田・栗山・吉崎・川井・馬山・白山・下小坂・中小坂・上小坂・大平・森平・坂詰・本宿・根小屋・黒川・漆萱・矢川・藤井・芦野平・三ツ瀬・市野萱・入山・恩賀の27村
1871年(明治4年)12月10日 - 所属が群馬県に変更される。
1872年(明治5年) - 大区小区制となり、関係村は以下のように区分される。同年下仁田村は下仁田町となる。
22-1(下小坂・中小坂・上小坂の3村)
22-6(馬山・白山の2村)
22-7(下仁田・栗山・吉崎・川井の1町3村)
22-8(青倉・大桑原・風口・宮室の4村)
22-10(大平・森平・坂詰・本宿・根小屋・黒川・漆萱・矢川・藤井・芦野平・三ツ瀬・市野萱・入山・恩賀の14村)
1873年(明治6年)6月15日 - 所属が熊谷県に再変更される。
1875年(明治8年)10月14日 - 本宿・大平・森平・藤井・芦野平・三ツ瀬・市野萱・根小屋・漆萱・黒川・矢川・恩賀・入山・坂詰の14村が合併し、西野牧村が成立。
1876年(明治9年)8月21日 - 三度、所属が群馬県へと変わる。
1878年(明治11年)7月 - 甘楽郡が南北甘楽郡に分割されたことから、郡名が北甘楽郡となる。
1882年(明治15年)5月 - 西野牧村は、本宿村(本宿)、南野牧村(芦野平・藤井・三ツ瀬・市野萱)、西野牧村(漆萱・根小屋・黒川・矢川)、北野牧村(恩賀・入山)東野牧村(大平・森平・坂詰)に分村。
1889年(明治22年)4月 - 町村制施行により下記の町村が成立する。
下仁田町(下仁田町・吉崎村・川井村・栗山村が合併)
青倉村(青倉村・宮室村・大桑原村・風口村に南甘楽郡平原村を編入合併)
馬山村(馬山村・白山村を合併)
西野牧村
本宿村
南野牧村
坂牧村(上小坂村・中小坂村・下小坂村・東野牧村が合併)
北野牧村は、西野牧村の一部(千駄木・向山・栗ノ木下横谷・新井・野原・丸山・小山平・新林中河原)とともに、碓氷郡坂本町と合併。
1890年(明治23年)4月 - 坂牧村が改称して小坂村となる。同年12月、本宿村・南野牧村・西野牧村が合併し、西牧村となる。
1950年(昭和25年)4月 - 北甘楽郡が甘楽郡へ名称変更。
1955年(昭和30年)3月10日 - 下仁田町・小坂村・西牧村・青倉村・馬山村が合併し、下仁田町が誕生。
1956年(昭和31年)4月1日 - 南牧村の一部(大字小沢の内、字漆原/大萱/山の神/金沢/横岩/青梨子)を境界変更で編入。大字名称を大字下郷に変更。
1965年(昭和40年)4月1日 - 町章決定。
1969年(昭和44年)4月10日 - 妙義荒船佐久高原国定公園指定。
1974年(昭和49年)11月18日 - 役場新庁舎落成。
1985年(昭和60年)10月12日 - 町の花(桜)、木(杉)、鳥(うぐいす)指定。下仁田町民憲章制定。
1990年(平成2年)4月1日 - 防災行政無線運用開始。
2008年(平成20年)8月27日 - 富岡市・南牧村とともに「富岡甘楽地域合併研究会」を設立。甘楽町にも参加を呼びかけていく予定とした。
2011年(平成23年)9月 - 日本ジオパークに認定。