吉野町: 歴史
=== 古代 ===
古事記・日本書紀には神武天皇東遷の通過地として登場する。
古代の宮都である飛鳥・藤原京・平城京の真南に位置し、山紫水明の地であることから、応神天皇を始めとする天皇・貴族の遊興の地であり、宮滝には離宮(吉野宮)が置かれていた。特に持統天皇の行幸は多数回にわたっている。
飛鳥時代
天武天皇が、天智天皇崩御の直前隠遁し、のちこの地から挙兵した。(壬申の乱)
奈良時代
役行者が、この地で修験道を開いた。
平安時代
中期に藤原道長が金峰神社に訪れている。
末期の治承・寿永の乱(源平合戦)の折には、源義経が兄源頼朝の追及から逃れるため、この地を経由して奥州平泉へ逃走した。
鎌倉時代
歌人の西行が隠居した。
南北朝時代
南朝の拠点で、後醍醐天皇が朝廷を置いた(吉野行宮)。
安土桃山時代
豊臣秀吉が「吉野の花見」を行った。
明治時代
1889年(明治22年)4月1日 - 町村制の施行により、吉野山村・丹治村・飯貝村・橋屋村・左曽村・六田村の区域をもって吉野村が発足。
昭和時代
1928年(昭和3年)4月24日 - 吉野村が町制施行して吉野町となる。
1956年(昭和31年)5月3日 - 上市町・国樔村・中荘村・龍門村・中龍門村と合併し、改めて吉野町が発足。
1968年(昭和43年)9月 - 町章を制定。
平成時代
2004年(平成16年)7月7日 - 吉野山を含む「紀伊山地の霊場と参詣道」が世界遺産(文化遺産)に登録。
2012年(平成24年)10月4日 - 「日本で最も美しい村」連合への加盟を認定。
2017年(平成29年)3月11日 - 町制60周年を記念し、町民憲章と町歌「いにしえびとのおくりもの」を制定。