浜中町: 歴史
1701年(元禄14年)、厚岸場所を分割しキイタップ場所(後の霧多布場所)が開設されたのが町の始まり。
1831年(天保2年旧暦2月20日)、オーストラリアを拠点とするイギリス人ボーン・ラッセル率いる捕鯨船「レディ・ロウエナ号」が厚岸場所ウラヤコタンに碇泊。同月22日厚岸勤番谷梯小右衛門ら60人がウラヤコタンに向かい、24日に交戦。26日にラッセルが松前藩の陣所を攻撃すると松前藩兵は潰走し、小右衛門の部下一人とアイヌ先住民一人が捕虜となった。3月3日になり捕虜は書簡と食糧を持たされて釈放され、3月4日にレディ・ロウエナ号は出帆した。
1869年(明治元年)、北海道11国86郡が置かれ、現在の浜中町に相当する地域は釧路国厚岸郡に含まれた。同年、榊富右衛門がアシリコタン(現在の榊町)に漁民を定住させ、漁業が開始された。榊町は港に適さない地形だったため、町の中心地はのちに霧多布へと移っていった。
1872年(明治5年) 開拓使根室支庁の所轄となり、榊町に浜中出張所が開設される。
1879年(明治12年) 榊町に戸長役場設置。
1884年(明治17年) 榊町戸長役場廃止、後静村、琵琶瀬村、霧多布村、散布村の四村に分割。
1886年(明治19年) 霧多布外一町四村戸長役場設置。
1906年(明治39年) 二級町村制が施行及び改称、浜中村となる。
1919年(大正 8年) 一級町村制施行、浜中村。
1951年 (昭和26年)茶内市街地に存在した大原劇場(映画館)で火災。小・中学生ら39名を含む42人が死亡(救出後に死亡した者を含む)。
1952年(昭和27年) 十勝沖地震の津波により、村が壊滅状態となる。
1960年(昭和35年) 1960年チリ地震の津波により、村が再び壊滅状態となり11人が死亡した。
1963年(昭和38年) 根室市との境界変更。町制施行、浜中町となる。
1999年(平成11年) 霧多布温泉開湯。
2011年(平成23年)ルパン三世通り開設。
2020年(令和2年)3月 - 新型コロナウイルス感染症拡大に伴い臨時休校を実施。
2021年(令和3年)1月6日 - 浜中町役場新庁舎開庁。
2026年(令和8年)2月 - 琵琶瀬地区に津波避難タワーが完成。町内で計画されている4基のうち最初の1基。