千早赤阪村: 歴史
1956年(昭和31年)9月30日 - 千早村・赤阪村が合併して発足。
2002年(平成14年)から富田林市・太子町・河南町との間で合併協議がなされたが、合併方式をめぐって対立し解散した。
2008年(平成20年)2月 - 河内長野市との法定協議会設置議案を村議会が可決。編入合併の予定で、合併が実現すれば大阪府から村が消滅することになっていた。しかし翌2009年(平成21年)、村議会による河内長野市への編入合併に関する議案に対して反対意見が多数。結果、河内長野市への編入合併は白紙撤回され、府内から村が消滅することはなかった。
2014年(平成26年)3月31日 - 過疎地域に指定。大阪府にはそれまで過疎地域に指定されている市町村が一つもなかったが、この指定で千早赤阪村が府内初の過疎地域となった。
2023年(令和5年)9月29日 - 村役場庁舎の建替え工事が完成。