設楽町: 歴史
=== 古代 ===
旧石器時代
古くから人の活動が見られ、川向市場口では旧石器時代の石器が見つかっている。
縄文時代
狩猟採集社会だった縄文時代には食糧が豊富だったため多くの人々が生活した。中央構造線から近く、黒曜石の産地にもなった。
弥生時代
しかし、弥生時代になると、山間部の水田開発が困難なため、ほとんど人が住んでいない状態になった。
古墳時代
古墳時代になると名倉盆地に人が住み始めたが、稲作は容易でなく経済力が弱く、小規模な古墳しか見つかっていない。
飛鳥時代
律令時代に加茂郡賀禰郷等の一部となる。
平安時代
平安時代末から、高橋新荘(足助荘)、設楽荘(富永荘)の一部として荘園開発がなされ、境川が両荘の境界となった。
戦国時代
戦国時代になると、山家三方衆の菅沼氏が田峯城を拠点として支配するようになったが、やがて武田信玄や、織田信長、徳川家康の勢力下となり、武田信玄によって津具金山の開発も行われた。また、武田信玄の侵攻で領域化されたことで、16世紀(寛永 - 延宝頃)に賀茂郡や宝飯郡から設楽郡に移った。
江戸時代
江戸時代には幕府領や挙母藩領などであった。
昭和
1956年(昭和31年)9月30日 - 北設楽郡田口町、段嶺村、名倉村、振草村の一部が合併して〈旧〉設楽町が発足。上津具村、下津具村が合併して津具村が発足。
平成
2005年(平成17年)10月1日 - 〈旧〉設楽町と津具村が合併し、〈新〉設楽町が発足。