戸沢村: 歴史
戸沢村は、最上川とともにあった村であった。
戸沢村が最初に歴史に登場するのは、延喜式の兵部省「諸国駅伝馬条」である。多賀城から庄内地方を経由して日本海沿岸を秋田城へ向かう官道に、「佐藝(さぎ)駅 駅馬四疋、船十隻」の記述が出てくる。この駅亭は水駅と思われ、現在の津谷地内の最上川と鮭川の合流地点付近にあったと推定されている(現在の鮭川村真木新田とする説もある)。
古くから庄内地方と最上地方を結ぶ水運の要であったが、俳人松尾芭蕉が『板敷山』と称した、最上峡の厳しい地形にさえぎられ、道路の開削はできなかった。江戸時代には、現在の村の中心である古口集落に新庄藩の船番所が置かれ、舟の往来の監視を行っていた。明治時代に、難工事の末に「磐根街道」(現国道47号)と呼ばれる道路が開削され、大正時代に陸羽西線が開通し、舟運の歴史に幕を閉じた。現在は、川下りでは日本最大の規模である「最上川舟下り」を中心に、草薙温泉、道の駅とざわなどの観光業が中心の村である。
2024年(令和6年)7月26日、県内を襲った集中豪雨により最上川が氾濫。村役場のある古口地区などが広い範囲で浸水した。
1889年(明治22年)4月1日 - 町村制の施行により、最上郡古口町村、蔵岡村、角川村の区域をもって古口村(ふるくちむら)が発足。
1892年(明治25年)7月8日 - 古口村の一部(大字角川)が分立し、角川村が発足。
1916年(大正5年)7月28日 - 村役場が移転。
1955年(昭和30年)
4月1日 - 最上郡角川村・戸沢村と新設合併し、改めて古口村が発足。
5月1日 - 戸沢村に改称。