只見町: 歴史
只見は古くは養蚕、塩の生産などで栄えた場所で鉱山も多くあった所である。しかし第二次世界大戦の終結後当町を流れる只見川の電源開発は急速な進展を見て今はダムが町の名物である。田子倉ダムを建設中の昭和30年代前半、只見町はダム建設に沸きダム建設作業員、及びそれを支える飲食店関係の人々を含めた人口は3万人を超え、只見町は市制施行へと、一気に機運が盛り上がったが、ダム建設終了と共に人口が減り続け現在に至る。只見川沿いを下流に下った会津塩沢駅及び河井継之助記念館がある塩沢地区は、かつて地名の由来となった塩が産出され製塩が行われていた。
1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行により、南会津郡只見村・田子倉村・叶津村・蒲生村・塩沢村・石伏村・寄岩村・十島村の区域をもって伊北村(いほうむら)が成立する。
1952年(昭和27年)11月3日 -只見村と改称。
1955年(昭和30年)7月20日 - 明和村と合併して新たな只見村となる。同村とは隣接しておらず、飛地合併となった。
1959年(昭和34年)8月1日 - 朝日村を編入、即日町制施行により只見町となる。旧明和村域の飛地状態も解消。
1968年(昭和43年)5月1日 - 南郷村大字和泉田の一部を編入。
1994年(平成6年)11月19日 - 千葉県柏市と「ふるさと交流都市提携」を結び、姉妹都市となる。