小笠原村: 歴史
1940年(昭和15年)4月1日 - 普通町村制の適用により、東京府小笠原支庁の父島に大村・扇村袋沢村が、母島に沖村・北村が、硫黄島に硫黄島村が設置される。
1943年(昭和18年)7月1日 - 東京都制施行(東京府廃止)。
1946年(昭和21年)1月29日 - GHQよりSCAPIN-677が指令される。このSCAPIN-677によって小笠原諸島全域における日本の施政権が停止され、アメリカ軍の直接統治下に置かれる。ただし欧米系島民の居住は許可され、五人委員会による自治が行われた。
1952年(昭和27年)4月28日 - サンフランシスコ講和条約発効により、5村は日本国政府の行政から分離され廃止。アメリカ合衆国の施政権下に置かれ、引き続きアメリカ海軍管理となる。これに伴い各村役場は廃止され、役場の一般事務は東京都総務局行政部地方課分室で行われる。
1953年(昭和28年)4月28日 - 小笠原支庁廃止。
1967年(昭和42年) - 村職員募集開始。募集には40歳までという年齢のほか「身体剛健で小笠原の風土に耐えられる者」という条件が附されていた。
1968年(昭和43年)6月26日 - 南方諸島及びその他の諸島に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定発効により、アメリカ軍から返還、本土復帰すると同時に小笠原支庁の全域をもって東京都小笠原村となる。小笠原総合事務所(国の機関)、東京都小笠原支庁および小笠原村役場の行政機関設置。本土復帰当初は村政組織が未整備で、東京都知事が任命する職務執行者(村長に相当)と村政審議会(村議会に相当)が自治を担った(1979年まで)。
1979年(昭和54年)
4月22日 - 村議会議員および村長制度の設置で選挙を実施する。
4月23日 - 村政確立。これにより小笠原村職務執行者が東京都小笠原支庁長から移行。
==== 小笠原村の区域の変遷の年表 ====
== 人口 ==
2024年の住民基本台帳に基づく転出超過数は、人口2600人に対して115人。市町村別の転出超過率としては4.42%に達して全国3位の数字となった。