南山城村: 歴史
=== 古代 ===
平安時代
896年(寛平8年)完成の『類聚三代格』に南山城村の「大河原」の名が見られるが、『和名抄』には当村の領域と推定される地名は認められず、当時はこの地域の開発が進んでいなかった事がうかがえる。
南北朝時代
1331年(元弘元年)に後醍醐天皇が挙兵した元弘の変では、当地の豪族の大河原氏と田山氏が笠置の天皇方に合流した。
江戸時代
高尾村、法ヶ平尾村、田山村、北大河原村、南大河原村、野殿村があった(いずれも柳生藩に所属)。
木津川の水運の起点で、信楽焼の出荷や木材の積み出し場であったが、1897年(明治30年)に加茂・伊賀上野間に鉄道が開通して以後水運は衰退した。
明治
明治維新後、開拓により童仙房村ができ、高尾村と法ヶ平尾村が合併して高尾村となる。
昭和
1953年(昭和28年)- 南山城水害により甚大な被害が発生。
1955年(昭和30年)4月1日 – 相楽郡大河原村(元の南大河原村、北大河原村、野殿村、童仙房村)・高山村(元の田山村、高尾村)が合併し、南山城村が誕生。
1961年(昭和36年)3月31日 – 準用財政再建団体に転落(1960年(昭和35年)度決算・赤字額731万7千円)。
1963年(昭和38年)– 財政再建完了。
1969年(昭和44年) - 高山ダム完成。
平成
2015年(平成27年)-「日本茶800年の歴史散歩」が日本遺産に認定されたとき、南山城村の「童仙房・高尾・田山・今山の茶畑(高尾)」もその一部として認定された。