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小川村: 歴史

小川村: 歴史

戸隠三院を支配していた顕光寺(戸隠神社)が鳥羽院に寄進し、小川の庄と言われる皇室の荘園となっていたことが知られている。
南北朝時代の末期(1392年)に三河国を追放された水野氏庶流の小川左衛門貞綱が最勝寺領となっていた小川庄に定着した。貞綱は布留山城(古山城)を築城し、三代にわたって周辺を領した。しかし北信濃で有力だった村上氏に背いたため、村上氏の命を受けた香坂氏・大日方氏に攻めこまれて落城し三河に逃れた。
古山城は大日方長政の居城となり、以後、現在の小川村の地は大日方氏の支配下に置かれることとなった。
戦国時代初期の大日方氏は安曇郡の仁科氏に従っていたが、武田信玄の侵攻により武田氏家臣へと転じ水内郡から安曇郡を勢力下にして軍役110騎をつとめたとされる。武田氏の滅亡後は上杉氏派の小笠原洞雪斎方と徳川氏配下の小笠原貞慶方に分派した。しかし上杉景勝が豊臣秀吉の命で会津に移封になると上杉氏派の大日方氏一族は上杉氏に随行することなくそのまま帰農土着したと伝えられ、後にはその一部に松代藩真田家に仕えた家もある。
2014年 (平成26年) 11月 - 長野県神城断層地震が発生。家屋などの大きな被害が出たことから災害救助法の適用を受けた。

1955年(昭和30年)4月1日 - 南小川村・北小川村が合併して発足する。

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Quelle: Text: Wikipedia – „小川村“, Autorinnen und Autoren (Versionsgeschichte), CC BY-SA 4.0 · Foto: Jusenkyoguide, CC BY-SA 3.0 – Wikimedia Commons