新郷村: 歴史
南部氏の軍馬育成地として古くより放牧地として利用されてきた。南部藩時代には、戸来地区に戸来氏が、西越地区に西越氏が治めていた。江戸時代後期~明治時代に入ると酪農が盛んとなった。
1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行により、近世以来の戸来村が単独で地方自治体として発足。西越村・手倉橋村と合併して野沢村が発足。
1955年(昭和30年)7月29日 - 戸来村、野沢村の一部(西越)の合併により新郷村が発足。昭和32年第2回定例議会において、この日が合併記念日と制定される。
1956年(昭和31年)4月1日 - 五戸町の一部(手倉橋の一部)を編入。
1965年(昭和40年) - 八戸から五戸経由の十和田湖線の路線バスが開通。
1974年(昭和49年) - 十和田湖外輪山の十和利山麓にある迷ケ平(まよがたい)自然休養林が指定される。
2000年(平成12年)
1月31日 - 五戸地方振興会合併研究会(五戸町、倉石村、新郷村)が設置。
12月28日 - 五戸地方の合併を主題に新郷村職員全員研究会が開催される。
2001年(平成13年)
2月21日 - 五戸地方振興会合併研究会が五戸町役場で最終会合を開催。「まずは三町村の組み合わせによる合併の検討を優先。任意の協議会を設置すべきだ」との報告案を承認した。しかし任意協設置については、五戸町長から慎重意見が出され、正式決定を持ち越した。
6月1日 - 五戸地方合併協議会(五戸町、倉石村、新郷村)設立。
2002年(平成14年)
6月27日 - 五戸地方合併協議会第7回会議において、細川潤八郎新郷村長が「設立当初と財政事情が変化してきた」とし三町村合併の問題点を指摘した。
7月22日 - 五戸地方合併協議会最終となる第8回会議が開催。三町村の合併を想定した将来構想を承認した。しかし八戸市との大同合併を唱えた細川潤八郎新郷村長は「この協議会で八戸論も検討し、三町村が共通認識に立つべきだ」と述べる。
10月7日 - 村議会が全員協議会を開き、八戸地域と合併を進める方向で意見集約した。
10月9日 - 細川村長は八戸市長に、同市など七市町村で作る合併協議会への参加を申し入れた。これにより八戸地域での合併を目指すことになる。
10月31日 - 五戸地方合併協議会が解散。新郷村は八戸市との合併を目指す。一方、五戸町と倉石村は合併協議を継続した(2004年7月1日に合併し、新「五戸町」が誕生)。
2003年(平成15年)4月1日 - 八戸市、田子町、名川町、南部町、階上町、福地村、南郷村及び新郷村の8市町村による「八戸地域合併協議会」に参加する。
2004年(平成16年)
6月30日 - 階上町が「八戸地域合併協議会」を離脱。その後、八戸市側が協議会の存続を拒否し、合併協議会は解散。
7月19日 - 村議会議員選挙が行われた。当時の議員定数14名に対し立候補届出も同じく14名となった為、全員無投票当選。
8月6日 - 八戸市が八戸地域の合併について、福地村、南部町、名川町、南郷村の4町村との合併を正式決定。水道改修の必要な田子町と新郷村が外れる形となった(枠組みはさらに変わり、2005年3月31日に八戸市と南郷村が合併して新「八戸市」が誕生)。
11月16日 - 細川は五戸地方の合併協議離脱を陳謝した上で五戸町長に町村合併協議の開始を改めて申し入れた。11月25日に五戸町議会全員協が新郷村長からの要請を拒否している。
2005年(平成17年)
4月5日 - 住民団体が村選挙管理委員会に提出した細川村長解職請求(リコール)の有効署名数が、有権者の1/3に達し成立。この請求に対して細川村長はようやく自ら辞職した。
5月29日 - 前村長、前助役を含む3人が立候補し、村長選が行われた。解職請求による村長選挙は村政史上初。結果は新人で前助役の須藤良美が五戸町との合併実現を公約に掲げて1,208票を獲得し、初当選を果たした。
10月30日 - 任期満了に伴う八戸市長選が行われ、これまで八戸広域合併を主張していた現職市長が敗れた。この結果により、八戸広域合併は新たなスタートを切ることになり、これまでの枠組みはなくなった。
2006年(平成18年)
1月1日 - 三戸郡の南部町(なんぶまち)と名川町、福地村が新設合併し南部町(なんぶちょう)となった。
7月27日 - 村議会が五戸町に合併協議を申し入れるべきだとの意見集約。
11月20日 - 新郷村が五戸町に対して行った合併協議要請に関し、五戸町は「機運の醸成次第」として村に要請を断る回答をした。
2008年(平成20年)
4月1日 - 新郷村商工会が五戸町商工会に編入。新五戸町商工会誕生。自治体合併を越えての合併は稀との報道。
6月12日 - 村長が五戸町役場を訪れ、五戸町長に合併協議を申し入れた。五戸町長は議会と検討の上で決定したいと留保した。
7月13日 - 定数14から8に削減された村議選の結果、現職6人、新人2人が当選。
9月4日 - 五戸町議会は非公開で行われた全員協議会で、新郷村議会が改選によって合併慎重派が多数となったと確認。五戸町長の意向で6月12日に申し入れされた件は要請自体が失効をしたとみなした。対して新郷村長は「合併の可能性が完全に消えたわけではない。」と強調し、合併推進の意欲を見せた。
2012年(平成24年)7月8日 - 村議選の結果、現職6人、新人2人が当選。