栄村: 歴史
=== 縄文時代 ===
千曲川沿いのひんご遺跡や志久見川沿いの長瀬新田遺跡などがあり、日本最大級の大型深鉢を含む縄文時代中期の火焔型土器などが多く出土している(栄村歴史文化館「こらっせ」で展示されている)。従来「火焔型土器文化」の最南が新潟県津南町と思われていたが、栄村がその最南端の地と認められた。
戦国時代
栄村は越後国・上野国との国境に位置し、戦国期には北信国衆は越後国上杉氏と、北信へ進出を図る甲斐国武田氏、相模国後北条氏の抗争に翻弄される。
特に武田・上杉間では北信を巡り川中島の戦いなど激しい戦いを繰り広げた。村域の国衆では志久見郷の市河氏が統治していた。
安土桃山時代
武田方に属していたが、武田氏の滅亡後は天正壬午の乱の際に上杉氏に属するようになる。
江戸時代
江戸時代には上杉家の家臣となっている。
昭和時代
1956年(昭和31年)9月30日、下水内郡水内村及び下高井郡堺村が合併して、下水内郡栄村が発足する。
1961年(昭和36年)2月16日、午後8時青倉地区で雪崩が発生。家屋4戸が全壊して21名が被災、内11名が死亡した。
長野県北部地震
2011年(平成23年)3月12日に長野県北部地震が発生。
栄村では震度6強、その後も2度の余震で震度6弱を観測。住宅33棟が全壊、169棟が半壊し、村の足であるJR飯山線や国道117号などが不通になるなど壊滅的な被害を受けた。総人口の90%にあたる住民2000人以上が避難し、地震発生から5か月後、避難生活中に死亡した高齢者3人がこの地震による災害関連死と認定された。その後も同年9月21日の台風15号で大雨となり、2012年2月には平成24年の大雪により地震で通行止めとなっていた橋が積雪で崩落する等被害が発生した。
全半壊に至らない被害を含めた被災家屋は、当時の約920世帯のうち700棟近くに達した。地震前から村内で古文書を調査していた中央学院大学教授の白水智らが「地域史料保全有志の会」が、解体される家屋から古文書や民具の寄贈を受けるなど廃棄を防ぐ活動に取り組み、3万点以上を収集した。
2016年(平成28年)- 元小学校分校を改装した村立収蔵展示施設「歴史文化館こらっせ」も開館した。