南牧村 (群馬県): 歴史
戦国時代(詳細な年は不明)
武田信玄が熊倉地区余地峠を進軍。
1955年(昭和30年)3月15日 - 磐戸村・月形村・尾沢村が合併し南牧村が誕生し、現在に至る。合併当時はコンニャク栽培で栄えていた。
1956年(昭和31年)4月1日 - 村の一部(大字小沢のうち字漆原・大萱・山の神・金沢・横岩・青梨子)が同郡下仁田町に編入される。
2007年(平成19年)
9月6日 - 台風9号による大雨のため、南牧村の県道・村道が崩壊し、孤立状態となった。
9月12日 - 秋雨前線による大雨のため、南牧村の県道・村道が再び崩壊し、孤立状態となった。
2012年(平成24年)3月 - 村のマスコットキャラクターに「なんしぃちゃん」を選定。明日の南牧を創る会が県や村、商工会からの支援を受けて村内に募集、デザイン化した。滝をイメージした髪に村花ヒトツバナをあしらい、村章由来の服、村特産の炭を携える。
2014年(平成26年)2月16日 - 前夜からの平成26年の大雪(積雪80センチメートル)のため、除雪がなかなか進まず、ほとんどの世帯が停電したため、孤立状態となった。
2016年(平成28年)5月22日 - 都会の若者が参加、自然及び里山を学ぶための現代版寺子屋「なんもく大学(2015年設立)」開校。
2020年(令和2年) - 新型コロナウイルス感染症の全国的な拡大を受けて学校の臨時休校が行われたほか、「第40回ふるさと祭り」などのイベントが開催中止になる。
2026年(令和8年) - 成人式の対象者が減少したため開催が見送られることとなった。
==== 1.下仁田町・南牧村 ====
2003年(平成15年)6月24日 - 下仁田町と南牧村が、任意協議会「下仁田町・南牧村任意合併協議会」を設置。
2004年(平成16年)
5月28日・6月11日 - 下仁田町での南牧村との法定協議会設置を求める住民発議に対し、両町村議会は賛成多数で可決。
6月18日 - 下仁田町と南牧村で構成する法定「下仁田町・南牧村合併協議会」が発足。
8月29日 - 下仁田町で、南牧村との合併の賛否を問う住民投票を実施。反対多数で否決される。
9月30日 - 法定合併協議会が休止になる。
2007年(平成19年)11月21日 - 南牧村住民による富岡市・下仁田町との法定協議会設置を求める住民発議を受け、南牧村長は富岡市長及び下仁田町長に対し、意見照会。
2008年(平成20年)
2月18日・2月19日 - 上記の意見照会に対し、富岡市長(2月18日)及び下仁田町長(2月19日)は、議会に付議しない旨を、それぞれ南牧村長に回答。
4月1日 - 南牧村が市町村合併に関する住民アンケートを実施。結果は、賛成39.2%、反対23.8%、わからない22.4%、無効等14.6%
8月27日 - 富岡市・下仁田町とともには部課長級の幹部職員による「富岡甘楽地域合併研究会」を設立。
2009年(平成21年)2月24日 - 第5回「富岡甘楽地域合併研究会」開催。甘楽町が同研究会に参加しない方針であることに対し、下仁田町及び南牧村は同町を含めた広域での合併を望むことから、今後の同研究会の活動については休止とすることで決定。