島牧村: 歴史
1631年(寛永8年) - 松前藩がシマコマキで金山を開発。
1640年(寛永17年) - 渡島駒ヶ岳噴火。
江戸後期 - 宮内温泉が発見される。
1872年(明治4年) - 永豊村に戸長役場設置。
1899年 - 東部を本目村と西部を永豊村に大平川を境に分割。
1906年(明治39年)4月1日 - 二つの村を東島牧村と西島牧村とし二級町村制を施行。
1956年(昭和31年)9月30日 - 両村を合併し島牧村を新設。
1970年(昭和45年)10月 - ゾウの花子がくる病に起因する諸症状の療養目的で、冬季閉鎖される二股温泉より宮内温泉に湯治で来村。島牧村では村をあげて花子を歓迎し、宮内温泉に浴槽付きの「花子のおやど」という小屋を建てて、1976年に静岡県清水市の三保文化ランドへ転出まで面倒を見た。宮内温泉の滞在期間中には、「ゾウの花子の会」の招きでパラグアイ大使一家、茨城県議会一行が訪れるなど、かなりの人気を誇っていた。関東地区花子後援会の会長は当時衆議院議員の三ツ林弥太郎。また、1972年には偶然、宮内温泉を訪れた笹川良一が花子を見て感嘆、日本顕彰会から信田が社会福祉貢献者として表彰されるなど一大ブームとなった。