三原村: 歴史
古くは柚木村(柚ノ木村)と呼ばれた。
戦国時代には、現在の四万十市に居住していた国侍(地侍)である敷地氏の領地であった。敷地氏は歓喜山上に柚ノ木城を築城し、天正年間においては敷地官兵衛が城主を務め、長宗我部元親が幡多郡を平定したあとも所領を安堵されている。
敷地藤安(敷地藤康)が娘である椿姫を一条房冬に嫁がせたところ、嫉妬した他の家臣が一条家に讒言を行った。その結果、敷地氏の郎党は粛清され、その中で三原村も戦場となった。
三原村は、130年以上他の市町村との合併を経験していない。
明治
1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行により、来栖野村、上長谷村、下長谷村、成山村、芳井村、狼内村、宮ノ川村、皆尾村、柚ノ木村、広野村、亀ノ川村、下切村が合併して三原村が成立。
1982年(昭和57年)- 下長谷の一部から、大字上下長谷が成立。
2024年(令和6年)8月8日 - 南海トラフ地震臨時情報が初めて発出。村の独自判断で避難所が設置された。