七ヶ宿町: 歴史
小坂峠を通過する七ヶ宿街道稲子地区は、仙台藩内の国境警備の場所であり、その足軽の子孫などが居住していた。江戸時代には奥羽をつなぐ重要なルートとして参勤交代にも用いられて賑わい、1887年(明治20年)12月15日の日本鉄道(現・JR・東北本線)・白石駅開業に伴って車馬の通行に供する道路整備がなされ、絶頂期を迎えた。
しかし10余年後の1899年(明治32年)5月15日、日本海側に直達する奥羽南線(現・JR奥羽本線の一部)の福島駅 - 米沢駅間が開業すると、わざわざ太平洋側の白石から奥羽山脈越えをする当街道の地位は急速に凋落した。
さらに七ヶ宿ダム建設に伴う水没地区の158世帯637人が1982年(昭和57年)までにほぼ移転。1950年(昭和25年)に5,536名であった七ヶ宿町の人口は2005年(平成17年)には1,871人まで減少している。
明治元年12月7日(1869年1月19日) - 刈田郡は磐城国の所属となる。
明治4年11月2日(1871年12月13日) - 平県の所属となる。
1876年(明治9年)8月21日 - 宮城県に移管される。
1889年(明治22年)4月1日 - 町村制の施行により、関村、渡瀬村、滑津村および湯原村の区域をもって、七ヶ宿村が発足する。
1957年(昭和32年)4月1日 - 町制施行して、七ヶ宿町となる。
1991年(平成3年)10月22日 - 七ヶ宿ダム竣工。