豊根村: 歴史
=== 中世 ===
平安時代
平安時代に成立した足助荘は後宇多院領、のち八条院領、大覚寺統領となる。
南北朝時代
南朝の後醍醐天皇の孫尹良親王が、ここ足助荘奥郷に居館を設けたとの伝説があり、現在も茶臼山高原の坂宇場に御所平という地名が残っている。
戦国時代
戦国時代には、松平清康に宇利城を落とされた熊谷実長の長男直安がこの地に逃れ、黒川城を築いたが、子は帰農した。
江戸時代
江戸時代、村域はすべて天領であった。
明治
1876年(明治9年):佐太、大谷、市原、河内の各村が合併し富山村となる。
1889年(明治22年)10月1日:町村制の施行により、北設楽郡三沢、上黒川、下黒川、古真立、坂宇場の各村が合併し豊根村となる。富山村は単独村制。
昭和
1955年(昭和30年):佐久間ダムの建設に伴って富山村の中心地区が水没することになり、村民の約3分の1が離村する。
平成
2005年(平成17年)11月27日:富山村を編入。大字富山を設定する。