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根羽村: 歴史

根羽村: 歴史

=== 古代・中世・近世 ===
古代・中世の根羽・月瀬村両村は三河国に属していた。
平安時代後半 - 高橋新荘により現在の愛知県東加茂郡全域と豊田市・西加茂郡・北設楽郡及び長野県の旧根羽村・月瀬両村を含む広大な区域が成立した。
鎌倉時代 - 加茂郡名倉郷に属し、鎌倉御家人の荘官足助氏の支配下に入ったと伝えられている。
南北朝時代 - 加茂郡足助荘に属したとされている。
天文10年(1541年)には旧根羽村・月瀬村に及び、更に享禄年間には阿南町新野の関氏の勢力が三河に及んでいたとされている。
天文13年(1544年)8月13日 - 下條氏によって関氏は滅ぼされ、下條氏の支配下に入った。
弘治2年(1556年) - 新野峠が武田軍によって改修され、下條信氏が武節谷合戦で功を上げた。
元亀2年(1571年)4月 - 武田信玄の西上作戦の一環として足助松山城が攻略され、根羽・月瀬両村はこの時以降武田領となり、三河国から信濃国伊那郡に編入となった。信玄は元亀4年4月に信濃伊那郡において死去したとされるが、『甲陽軍鑑』によれば三河攻めの際に三河の野田城攻撃中に肺肝を患い、根羽村で臨終を迎えたとしている。
天正10年(1582年) - 武田氏滅亡により、織田知行所に変わり、同年、織田信長自刃により徳川氏の天領となった。以降、宮崎信州代官・飯島代官所支配などを経る。
慶応4年(1868年) - 尾州取締所預かりとなり、同年8月の廃藩置県により伊那県に編入された。

1871年(明治4年) - 筑摩県の所属となる。
1875年(明治8年)1月12日 - 根羽村及び月瀬村を合併して、改めて根羽村が発足する。現在の村域となる。
1876年(明治9年)8月21日 - 長野県の所属となる。
1879年(明治12年)1月4日 - 郡区町村編制法の施行により下伊那郡の所属となる。
1889年(明治22年)4月1日 - 町村制の施行により、根羽村の区域をもって、根羽村が発足する。
1969年(昭和44年) - 根羽村役場の庁舎が開庁。
2018年(平成30年)9月3日 - 根羽村役場の新庁舎が開庁。

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Quelle: Text: Wikipedia – „根羽村“, Autorinnen und Autoren (Versionsgeschichte), CC BY-SA 4.0 · Foto: Goytzuhues, CC BY-SA 3.0 – Wikimedia Commons