十島村: 歴史
=== 第二次世界大戦まで ===
元々薩摩国川辺郡に属したトカラ列島の7島(口之島・中之島・平島・諏訪之瀬島・悪石島・宝島(小宝島は宝島の属島とされた)・臥蛇島。総称で下七島とも)と上三島(竹島・硫黄島・黒島およびそれらの属島)は合わせて「川辺郡十島(川辺十島)」と呼ばれていた(1897年に薩摩国川辺郡から大隅国大島郡に移管)。
1908年4月1日、島嶼町村制制度施行に伴い、それまで町村制が敷かれていなかった川辺十島の区域に大島郡十島村(じっとうそん)を設置する。村役場は中之島に置かれた。
第二次世界大戦の敗戦により、連合国最高司令官によって出された覚書「若干の外かく地域を政治上行政上日本から分離することに関する覚書」(SCAPIN677)によって、1946年2月2日以降、北緯30度線以南の南西諸島(島内に北緯30度線が通る口之島を含む)がアメリカ合衆国の占領下に置かれることとなった。
これにより十島村(じっとうそん)は、事務所のある中之島を含む下七島はアメリカ占領下に、上三島は日本側にそれぞれ分断されたため、事実上上三島のみの区域に限られることとなった日本側の十島村(じっとうそん)は仮の事務所を鹿児島市に設置した。
アメリカ合衆国の占領下におかれた十島村は、米国海軍軍政府によって同年4月24日に公布された命令である「大島支庁の行政権」により、北緯30度以南の大日本帝国政府及び鹿児島県の行政権を継承した大島支庁に属し、同年10月からは臨時北部南西諸島政庁、1950年8月からは奄美群島政府に属した。
アメリカ合衆国の統治下に置かれたトカラ列島は、1951年(昭和26年)12月5日に連合国最高司令官によって出された覚書「若干の外かく地域の日本からの政治上及び行政上の分離に関する件」(SCAPIN677/1)により、北緯29度以北のトカラ列島(下七島)の区域について日本の政治上・行政上の権利が回復されることが決まった。
SCAPINの発令に基づいて日本法の適用の準備や、奄美群島政府と日本国政府・鹿児島県との間で事務引継ぎを順次行い、1952年(昭和27年)2月10日に日本国の施政権下に復帰した。
本土復帰と同時に日本法である地方自治法を下七島に対して適用し、下七島の区域が鹿児島県大島郡に属する「十島村」(としまむら)となった。また、1946年の施政権分離までの間十島村(じっとうそん)として同一の自治体であった上三島(硫黄島・黒島・竹島)の区域の十島村は境界変更と名称変更により「三島村」(みしまむら)となった。
1946年(昭和21年)
2月2日 - 現・十島村に相当する区域がアメリカ合衆国の統治下となり、鹿児島県から分離された大島支庁の施政下となる。
6月 - 市町村制が施行されたのに伴い、アメリカ合衆国統治下の十島村の区域を以て十島村(じっとうそん)を設置する。
10月3日 - 大島支庁が臨時北部南西諸島政庁となる。
1950年(昭和25年) - 臨時北部南西諸島政庁が奄美群島政府となる。
1951年(昭和26年)
12月5日 - 連合国最高司令官総司令部が「若干の外かく地域を政治上行政上日本から分離することに関する覚書」(SCAPIN677/1)を発布。これによりトカラ列島の本土復帰が決定。
1952年(昭和27年)
2月10日 - トカラ列島の区域が本土復帰。下七島の区域に日本法である地方自治法が適用され、同時に事実上の分村措置が執られた。
政令の規定により北緯30度から北緯29度の区域にある米軍統治下の十島村を鹿児島県大島郡十島村(としまむら)をとする。
日本国側に残存していた十島村(じっとうそん)は上三島のみに区域変更の上、十島村(じっとうそん)の名称を三島村に変更する。
1956年(昭和31年)4月1日 - 村役場が正式に鹿児島市に移転される。
1960年(昭和35年)11月 - 村歌「十島のうた」を制定。
1970年(昭和45年)7月28日 - 集団移住により臥蛇島が無人島になる(詳しい経緯は臥蛇島#集団移住までの主な経緯を参照)。
1973年(昭和48年)4月1日 - 大島郡三島村及び十島村の区域を鹿児島郡の区域とする。
1976年(昭和51年)9月12日 - 台風17号による暴風雨のため各島に被害。孤立化防止無線も一時不能となり、諏訪之瀬島の被害は付近を飛行中の日本航空機を経由して情報がもたらされた。
1997年(平成9年) - 諏訪之瀬島飛行場が村営の場外離着陸場として整備される。
2006年(平成18年) - 工作船に乗った武装集団の来襲を想定し、中之島で国民保護法に基づく島外への避難訓練を実施。
2009年(平成21年)7月22日 - 皆既日食観測のための来訪者が多数来る。天候不良のため観測自体はほぼできず。
== 行政 ==
地方公共団体の区域内に常設の事務所がないのは(災害等で臨時的に事務所が移転した例を除けば)現在日本に3町村のみである(他2町村は三島村と沖縄県竹富町)。
2023年(令和5年)度の財政力指数は0.07であり、全国で2番目に低い値となった(1、2番目に低い値の市町村は、それぞれ複数存在する)。
十島村役場は行政運営の効率向上や全島の平等性等を理由に、1956年4月1日に中之島から鹿児島市へ正式に移転された。
これは、国や鹿児島県に対応する業務が多く、事務所が島内にあると交通費などが増大するためであり、同様の例としては同郡三島村(同じく鹿児島市に所在)と沖縄県八重山郡竹富町(石垣市に所在)がある。
村長:久保源一郎(2024年(令和6年)5月16日 - )
以下の一覧は1946年(昭和21年)2月2日の「暫定国境線」による施政権分離以後の村長の一覧である。同日以前の村長については「十島村 (鹿児島県大島郡1946年)#歴代村長」を参照。
第12代村長である文園彰はアメリカ合衆国統治下の軍政府の指令により軍政府命令の服従への違反として解任され、再選挙が行われている。
本庁舎:鹿児島市泉町14番15号
十島開発総合センター:中之島145番地
中之島出張所:中之島17番地 ※2008年3月31日までは「中之島支所」
口之島出張所:口之島19番地
平島出張所:平島293番地
諏訪之瀬島出張所:諏訪之瀬島279番地
悪石島出張所:悪石島108番地
小宝島出張所:小宝島4番地19
宝島出張所:宝島923番地
十島村消防団(事務所管は十島村役場総務課)
口之島消防分団
中之島消防分団
平島消防分団
諏訪之瀬島消防分団
悪石島消防分団
小宝島消防分団
宝島消防分団
鹿児島中央警察署中之島駐在所:中之島133番地
対象は全島に及び、全国で最も管轄範囲の広い駐在所とされる。