北山村: 歴史
=== 近世 ===
安土桃山時代
天正14年(1586年)8月 - 太閤検地への反発で天正北山一揆勃発。
江戸時代
古来よりこの辺りで木材を切り出し、北山川から木材流送を行い下流の新宮で商人がそれを受け取り売るという形態でこの辺りの人々の暮らしが成り立っており、新宮との結びつきが強く江戸時代にはこの地域は紀州藩新宮領に属していた。
慶長19年(1614年)12月 - 大坂冬の陣の隙を突くような形で慶長北山一揆勃発。
廃藩置県で新宮が和歌山県に入ると、この村は新宮との結びつきの強さゆえに和歌山に入ることを望み、それが叶った結果、飛び地村ができた。以降、1889年(明治22年)に自治体として発足して以来この村に合併などは一切なく、飛び地ゆえに人口が少なくとも一村を維持してきた。
1889年(明治22年)4月1日 - 町村制の施行により、大沼村・下尾井村・小松村・竹原村・七色村の区域をもって発足。
ダム建設により、熊野市までの道路が整備され、現在はむしろ三重県の熊野市などとの結びつきが強くなった。三重県の市町村との合併により和歌山県の飛び地でなくなろうという動きも見られたが、住民投票の結果和歌山県に残った。2005年に多く行われた市町村合併のときは、新宮市に合併する具体案があったが、直前に中止になった。