大川村: 歴史
=== 沿革 ===
明治
1889年(明治22年)4月1日:町村制の施行により、小松村、船戸村、朝谷村、大北川村、高野村、川崎村、猪ノ川村、大平村、小麦畝村、小北川村、大藪村、下切村、南野山村、上小南川村、下小南川村及び中切村の区域をもって、大川村が発足する。
昭和
1970年(昭和45年):村役場を建て替え。
1977年(昭和52年):早明浦ダム完成により、村役場を含め村の大部分が水没したことで知られる。ピーク時に約4,000人いた人口は白滝鉱山の閉鎖、ダム完成による集落の水没などがあり、約500人まで落ち込んだ。
平成
2003年(平成15年):本山町、土佐町との合併を検討するが、隣接する土佐町での住民投票により法定合併協議会設置が反対され、合併協議会を設置できずに村として単独で存続することとなる。
2005年(平成17年)11月27日:日本の離島以外の市町村の中で最も人口が少ない村となった。
2017年(平成29年):人口減少と高齢化で村議のなり手が減少したため村議会(定数6)廃止と、村民による直接民主制である町村総会の設置を一時検討し、全国の過疎地から注目を集めた。
2019年(平成31年): 近年は社会人口増加率が注目されており、2015年調査では過疎指定自治体で離島を除く市町村で全国1位(7.1%増)などの数値が示されている。そのため、村議会議員が兼業できる範囲を明確にした条例を施行し、立候補しやすい環境を整えた。
令和
2019年(令和元年)4月:村議会議員選挙には元地域おこし協力隊員ら移住者が出馬、議会の定員を超える立候補者(現職4、新人3)を得て、8年ぶりに選挙戦となった。
2023年(令和5年)4月18日:村議会選挙の告示に定数と同じ6人が立候補し、無投票当選。