野迫川村: 歴史
江戸時代には以下の14村が成立し、十二村郷一郷組、十二村郷野川組、十二村郷迫組、十二村郷川波組に分かれていた。14村全て幕府領で、五條代官所の管轄下にあった。
十二村郷一郷組:今井村
十二村郷野川組:平川村、柞原村、中村、上村
十二村郷迫組:北股村、檜木股村、弓手原村、今西村、平村
十二村郷川波組:池津川村、紫園村、中津川村、立里村
上記の野川組(現在の野迫川村北部)、迫組(南西部)、川波組(中東部)から一字ずつをとった合成地名である。
1872年(明治15年) - 今西村が北今西村と改称。
1889年(明治22年)4月1日 - 町村制の施行により、今井村、平川村、柞原村、中村、上村、北股村、檜木股村、弓手原村、北今西村、平村、池津川村、紫園村、中津川村、立里村の区域をもって発足。
1973年(昭和48年)4月1日 - 村章を制定。
1989年(平成元年) - 村制施行100周年を迎える。
2016年(平成28年)4月12日 - 奈良県広域消防組合野迫川分署開署式を挙行する。開署に伴い、野迫川村に24時間体制の常備消防が設置される。
1889年(明治22年)の町村制施行以来、一度も他の市町村との合併をしていない。