秋田県 – 658年、阿倍比羅夫が記した「齶田」
「秋田」の名の由来は、658年に阿倍比羅夫が日本海遠征でこの地を訪れ、「齶田(あぎた)」と報告したことに始まるとされます。その後、天平5年(734年)に出羽柵が高清水の岡に移され、やがて「秋田城」と呼ばれるようになり、「秋田」の表記が定着しました。
中世には、日本最古の海洋法規集『廻船式目』で三津七湊の一つ「秋田湊」として重要な港に数えられています。旧石器時代から人が住んでいたことも、米ヶ森遺跡をはじめ多くの遺跡から明らかになっています。今日の秋田県は、豊かな自然と祭り、米どころとして知られています。あなたの地域の歴史や思い出を、ぜひコミュニティで共有してください。