川崎市: 歴史
=== 市成立前 ===
北西部の丘陵地帯に人が定住したのは古く、黒川などでは旧石器時代や縄文時代の遺跡が確認できる。しかし、多摩川沿いや臨海部の低地はかつて海底だった場所が多く、多摩川の堆積作用や海面の低下により徐々に陸地化が進んだ。
7世紀に律令体制の整備により武蔵国橘樹郡(たちばなぐん)の一部となり、奈良時代には現在の高津区に郡衙が置かれ、地域行政の中心になったと推定される。平安時代からは荘園が発達し、稲毛氏が広い地域を支配した。
前述の稲毛氏の一族稲毛三郎重成は源頼朝の御家人の1人となって活躍した。また大治3年(1128年)には川崎大師(平間寺)が建立され、門前町の形成が始まる。その後鎌倉時代から戦国時代にかけては小規模領主による分治が進み、やがて北条氏の支配下に入った。
慶長16年(1611年)には小泉次大夫の指揮により二ヶ領用水が完成、中野島から大師・大島に至る多摩川流域平野のほぼ全域を流れ、農業生産力の向上をもたらした。二ヶ領用水で潤った水田で生産された米は稲毛米と呼ばれ、江戸で寿司飯として人気となった。
また江戸幕府が成立したことで東海道や中原街道の重要性が高まり、地名「川崎」の由来かつ川崎市のルーツである、東海道の宿場たる川崎宿(現:川崎駅周辺)の整備が進んだ。ただし、川崎宿が正式な宿場に指定されたのは東海道五十三次の中で最後となる元和9年(1623年)のことである。このとき多摩川の橋は流され、以後川崎宿は六郷の渡しの渡河点、及び川崎大師への玄関口として繁栄した。この他にも中原街道の丸子の渡し、大山街道の二子の渡し、津久井街道の登戸の渡しが整備され、いずれも後に東京への鉄道が建設される宿場町が形成された。
明治・大正期は川崎駅周辺で都市化が急速に進行する一方、丘陵地帯では従来の農山村も維持されていた。その後昭和前期になると鉄道路線の開業が相次ぎ、私鉄沿線には住宅地が、多摩川沿いの南武線沿線には主に工業地が展開した。
明治5年6月5日(1872年7月10日) - 日本最初の鉄道開業(現東海道線)に伴い川崎駅が設置される。その後、郵便・電気などの公共サービスが整備される。
1883年(明治16年) - 多摩川に六郷橋がかかる。
1889年(明治22年) - 町村制施行により、後の市域を形成する橘樹郡川崎町、及び12か村(うち2村は都筑郡)が成立。
1893年(明治26年) - 大師河原村(現川崎区)の当麻辰二郎が梨の新種「長十郎」を発見(ただし発見年には諸説あり)。
1899年(明治31年) - 大師電気鉄道(現在の京浜急行電鉄)が大師線の一部を開業する。以後、品川や横浜に向けて路線を延長していく。
1910年(明治43年) - 日本蓄音機商会(現在は日本コロムビア)が川崎町で創業。
1912年(明治45年) - 神奈川県と東京府(現東京都)との境界が多摩川を境に整理される。
1912年(明治45年) - 日本鋼管(後にNKK、現在はJFEスチール)川崎製鉄所が設立。臨海部の工業化が開始される。
1914年(大正3年) - 川崎〜溝口(当時は高津村)間での乗合馬車運行が始まる。
1914年(大正3年) - 味の素川崎工場が設置される。
1921年(大正10年) - 川崎町で上水道整備が始まる。
==== 昭和戦前 ====
1924年(大正13年)7月1日 - 2町1村が合併して市制施行。市域は現在の川崎区西部と幸区東部。人口4万8394人。
1925年(大正14年) - 川崎市章が制定。
1926年(大正15年)2月14日 - 東京横浜電鉄(現在の東急)東横線が小杉町内で開業。
1927年(昭和2年)
3月9日 - 南武鉄道(現在のJR南武線)川崎駅 - 登戸駅が開業。
4月1日 - 小田急小田原線が全線開通、稲田登戸駅(現向ヶ丘遊園駅)が開業。
4月 - 川崎市内初の県立中学校、神奈川県立川崎中学校(現:神奈川県立川崎高等学校)が創立。
7月15日 - 玉川電気鉄道溝ノ口線(現東急田園都市線)開業。
1929年(昭和4年) - 新鶴見操車場が完成。
1930年(昭和5年) - 富士瓦斯紡績(現在の富士紡ホールディングス)川崎工場での労働争議で煙突男が出現。
1931年(昭和6年)5月22日 - 日清製粉の工場で火災が発生。従業員80人が死傷。
1934年(昭和9年) - 「川崎市歌」を制定。
1935年(昭和10年)
1月7日 - 水道水が汚染され赤痢患者が大量発生(川崎市の赤痢 (1935年))。同月末までの発病者は1357人。
7月22日 - 川崎駅前にあった京浜デパートに20数名の暴漢が侵入して店内を破壊。後に大規模店の進出に反対していた川崎小売商店連盟メンバーら80余人が検挙された。
1937年(昭和12年) - 陸軍の研究所が現多摩区の生田村(1938年に川崎市へ編入)へ移転。
1938年(昭和13年) - 川崎市役所旧本庁舎が完成。
1939年(昭和14年)4月1日 - 都筑郡の分割併合により埋立地を除き現在の市域が確定。
1942年(昭和17年)2月1日 - 味噌と醤油の配給制度が始まる(横浜市、横須賀市、藤沢市、平塚市、鎌倉市、小田原市も同日から開始)。同時に衣料品にも点数切符制が導入された。
1944年(昭和19年)10月14日 - 川崎市電が開業。
1945年(昭和20年)4月15日 - 川崎大空襲。川崎駅周辺の市街地や臨海部の工業地帯、寺社仏閣の川崎大師などに大きな被害が出る。 …